7. 寒い部屋

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7. 寒い部屋

呼ばれた気がして、目を開ける。 「きょう、キヨ、起きて」 部屋の明かりが点いて、険しい顔のケンタが覗き込んでいた。 「きょう、わかる?俺」 「ケンタ。君、まだいるの」 俺が答えると、彼は表情を和らげて大きく息を吐いた。自分の声は妙に甲高く、いつもと違うところから聞こえた。 「あーびっくりした。一回起きて。熱計ろう」 仰向けになると、体の痛みが楽になっているのがわかった。すぐにぴぴっと音を立てた体温計を抜いて、「37.4度、薬効いてる」とケンタが呟いた。 「スポドリか水か、どっち飲む?お茶もあるけど」 「水」 彼は床から大きなペットボトルを持ち上げ、ローテーブルの紙コップに注いで渡してくれた。 「そういうの、全部買ってきたのか」 「用意してきて正解」 「ほんと悪かった。今何時?」 「四時過ぎかな」 ケンタは俺の手から空になった紙コップを受け取って台所に行き、冷蔵庫を開けた。 「布団かけとけよ。この部屋寒い、これは風邪ひくわ」 「暖房壊れた」 「だよな、リモコンそこで死んでた」 壁の古びて黄ばんだリモコン掛けをケンタは顎で示した。ダウンを着たままで、見ると床にタオルケットが広げてある。 「寒かったよね」 「カイロ持ってきてたから、大丈夫」 彼は俺の額からシートを剥がして新しいのを貼り、俺が冷たさにびくっとすると笑った。 「元気出てきたじゃん。さっき、しばらくわけわかんないこと喋ってたよ。焦った」 「まじか」 「女の子が縄跳びしてる、縄跳びしてる、って何度も言ってた」 ケンタが真似る自分の怯えた声で、さっき大声で喚いた記憶がうっすらよみがえった。熱が出た時に必ずみる夢だ。 ローテーブルの電気スタンドが灯り、いつも散らかった部屋がきちんと整えられているのが見える。 電気スタンドの下に腕時計が置かれ、その傍に、床に放置していたはずの箱と小さな手提げ袋があった。箱には束ねたリボンが乗っていた。 ケンタは畳に腰を下ろし、俺の視線に気づいて、「このへん片付けた」と言ってから、 「もしかして、キヨ誕生日だったりした?」 と聞いた。 俺は首を振った。タオルケットを膝掛けにして腰に巻きつけながら、ケンタは、そか、と小さな声で言った。 それからしばらく、部屋はしんと静かで、ベッドに肘をついたケンタの呼吸の音だけ聞こえた。頬杖をついた彼の横顔は半分しか見えない。 「ケンタ。いろいろありがと、ごめんな」 ケンタは頬杖の手を外して、俺の頭に置いた。 「熱が下がってよかった」 「薬とかも、ありがとう。助かった」 彼は俺をじっと見つめ、口元で笑った。 「あのな、俺、今日は朝のシフトで、そろそろ帰らないとまずい」 「あ」 「一人にしたくないけど、今朝だけは外せなくて」 急に喉元に込み上げてきた痛いほどの寂しさに驚いて、俺はうん、と返事をしながら布団を引き上げ、咳払いをしてごまかした。ケンタはゆっくりと立ち上がり、俺に断ってから部屋の蛍光灯をつけた。 「誰か他に来てくれそうな人いたら、連絡した方がいいと思う」 「大丈夫、てか誰もいない、もう大丈夫だよ」 彼は台所の大きなビニール袋を運んできて、ベッドの横に置いた。 「でもこの腕時計の人がいるっしょ。彼女か彼氏か知らんけど」 一瞬、問い詰められて全部話してしまうことを想像した。この時なら、本当のことを話せたかもしれない。君と初めて会った週に、もう一人会った人がいるんだ、と。 話したとしてどうなったかはわからないが、一瞬の想像をした俺の心は軽く沸き立っていた。 「食べ物はここだから」 ケンタは、ベッドから起き上がった俺に、袋の中身を説明した。レトルトのお粥、ゼリー飲料、飲み物。 「薬は、次、朝八時くらいに飲んだ方がいい。ここに置いてある」 小さなテーブルの上に、電気スタンドと腕時計と並んで、さっきの薬の箱があった。 「二錠だよ」 ダウンは着たままだったから、リュックを肩に掛けるとケンタはもう玄関に立っていた。ベッドから下りた俺に、いいから寝とけ、と言いながら、抱きつくと軽く抱き返してくれた。 「車で来た?」 「うん」 「いろんなお金、今度会う時でいいか」 「そのつもりだった。冷えるから早く戻れ、ああ、鍵だけ閉めて」 顔を上げると、彼はちょっとためらってから、軽く唇を合わせた。 「うつるんなら、とっくにうつってるもんな」 外はまだ暗く、軽く手を挙げたケンタが素早くドアを閉めた後で、冷たい空気が部屋に流れ込んできた。 狭い外階段を下りる足音に耳をすませて、俺は言いそびれたお礼の言葉を口の中で転がし、何も聞こえなくなってから鍵をかけた。あの時計があるなら、これからは鍵を閉めておくべきなんだ、と思いながら。
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