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歩行者天国を歩いた次の日曜日は、直接来てくださいと言われて、初めて一人で大澤さんの家まで行った。
高台にあるマンションの広い部屋で、その日は冷え込んでいたが、バルコニーに続くリビングの大きな窓が開け放たれていた。
「寒ければ閉めて」
と彼が言うので窓に近づくと、ソファーの前のテーブルにリボンのかかった小さな箱が置いてあった。
窓を閉め、濃い緑のリボンを見下ろす。大澤さんがそばに来て、
「これは」
と言いながら箱を持ち上げ、俺の手に乗せた。
「贈り物」
びっくりしすぎて、声が出なかった。
箱の中身は、この間の買い物の時、俺が見ていた腕時計だった。
「大澤さん、これ、こんなのだめですよ」
「だめでしたか」
ソファーにへたり込んだ俺を面白そうにじっと見ていた大澤さんは、俺が黙ったままなのでしばらくして隣に座った。
「いったん落ち着いて」
「これは、もらえないっす」
「はいはい」
箱から出した後で動揺して、すぐテーブルに置いてしまった時計を、俺はもう一度手に取った。
「ベーシックなモデルですけど。いちばん好きだと言ってましたよね」
俺はうなずいた。時計は好きだが、良い物を買えるのはまだ先だと思っていて、彼にそのことを喋ったかもしれない。
「つけてみたら」
言われるままに手首に通すと、ひんやりとして重さが心地よかった。指でそっと触れて、針の美しい動きを見つめる。もらえないというのは本音だったが、つい口元が緩んでしまう。
「気に入ったら、もらってください」
大澤さんは俺の左手に指を絡めて自分の方を引き寄せ、時計を眺めた。
「よく似合う」
「でも、こんな高価なものは」
「値段はおいといて。あのね、好意を示す方法は、いろいろある。言葉以外に」
彼は俺の目を覗き込んだ。
「見つめるとか、キスとか、贈り物とか」
そして、そっと俺の額に唇で触れた後、肩を抱き寄せた。
彼の胸にもたれかかり、柔らかいコットンのシャツ越しに思いのほか速く打っている心臓の鼓動を感じると、体の奥から熱が溢れ出す。俺は息をひそめた。
「だから、もらってくれるなら嬉しい。時計をもらうのは気持ち悪いとか、そういうことなら考え直すけれど」
「気持ち悪い?」
「時間を見るたびに俺を思い出せ、という意図を感じませんか」
「そうなの?」
俺は彼を見上げて、返事を聞く前にキスした。
大澤さんは大きな手のひらで俺の背中を抱きしめ、途中で息を継ぐために唇を離した時に、いい子だね、と囁いた。
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