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 月曜、火曜と、弘斗は学校に顔を見せなかった。  会いたい気持ちと、不安な気持ちと。  弘斗のバイクに乗ったこと、初めて訪れた砂浜でのこと、みんな夢のようで、現実離れしていて、しがみつきたくて不安になって、なんだろう、なんだろう、なんだろう……。あれは現実であったと信じていいの?  弘斗、弘斗、弘斗……。  心の中にいろんな想いが渦巻いて、不安でふあんで仕方ない。  弘斗、弘斗、弘斗……、会いたい。  私って、こんなに欲張りだったんだ。  こんなに、臆病だったんだ。  こんな自分、今まで知らなかった。  LINEでいいから話しかけたかった。  けれど、忙しかったら、今そんな気分じゃなかったら、あの時は雰囲気でそうなっちゃったけど、本心は違ったら……、なんてネガティブなことばかりが頭を支配して、LINEの画面を見ても何も言葉が出てこなかった。何で私はこんなに不器用なんだろう。私って、もっと冷静で、冷めた性格をしていると思っていた。けれど違ったみたい。  家に帰るといつものように唯ちゃんがいた。  今日のヘアゴムは、緑色で、オレンジの飾りがついている。  いったいいくつ持っているんだろう。  どこで見つけてくるんだろう。  そんなことを考えながら近づくと、いつもと様子が違うことに気が付いた。 「唯ちゃん、いらっしゃい。どうしたの?」  唯ちゃんは、私の部屋の前で座り込んで黙って中を見ていた。 「唯ちゃん?」 「お姉ちゃん、中に誰かいる」 「えっ? ちょっと、変なこと言わないで……」唯ちゃんの一言に、背中に寒気を感じながら、一緒に中を覗き込んだ。けれど、誰もいない。 「誰もいないよ?」そう言って私は部屋に入り、電気をつけた。 「だって……。ほら、そこ」そう言って唯ちゃんは、私のすぐ横を指さした。 「ちょっと、唯ちゃん! どうしたの?」そう言って私は、慌てて部屋から飛び出て部屋の中を見た。  けれどやっぱり誰もいない。 「いるもん!」そう主張する唯ちゃんを後ろから抱きしめて部屋の中を凝視した。 「いるって、誰が?」 「知らない。知らない人」 「唯ちゃん……」何か、見えているんだ。私に見えないものが。そう気づくのに、そんなに時間はかからなかった。  薄々は感じていた。唯ちゃんも、何か「見る」力を持っている。  私は唯ちゃんの視線を追って、じっと部屋の中を見回した。 「ど、どんな人がいるの?」 「なんかかぶってる。黒い服着て」 「なんか? かぶってる?」 「うん。黒くて丸い物」  ヘルメットだ。  私は弘斗にかぶらされたヘルメットを思い出していた。 「男の人?」 「わからないけど、たぶん男の人」 「なにか話してる?」 「何も言わない。けど……」 「けど?」 「じっとこっちを見て……、何か話そうとしているみたい」 「何かを……」 「そう。なんかかぶってるから、よくわからないけど、なんか……、言いたそうにしてる」  どうすればいいんだろう。  なんだかよくわからないけど、唯ちゃんの見ている男の人は、何か弘斗に関係あることのような気がするのだ。 「消えちゃった……」 「え?」 「どっかに行っちゃったよ?」 「え、そうなの? もういないの?」 「うん。いない」 「そうなんだ……」  唯ちゃんは立ち上がり、部屋の中に入った。 「ちょっと唯ちゃん、大丈夫?」 「うん。平気」そう言って唯ちゃんは、机のそばに立ってこちらを向くと、「この辺に立ってたんだよ。こっちを向いて。怖くなかった。優しい人だった」と言った。  私にはなんだか、その姿が想像できるような気がした。  そこに、弘斗が立っているような気がしたからだ。  夕飯を食べて、居間でおばあちゃんと唯ちゃんとテレビを見ていると、智子おばさんが唯ちゃんを迎えに来た。  台所で洗い物をしていたお母さんが、玄関で扉を開ける音がした。 「いつもごめんねー!」 「いいのよ、お疲れ様!」と玄関から智子おばさんとお母さんの話し声が聞こえる。  当の唯ちゃんは、ご飯を食べて眠くなったのか、さっきからこたつで眠っていた。  時間を見ると、夜の十時前だった。 「唯ちゃん、お迎えが来たよ?」そう声をかけたのだけど、唯ちゃんは起きる気配がない。  私はこたつから出て唯ちゃんを抱っこすると、玄関に連れて行った。 「あらあら、ごめんなさいね、美咲ちゃん」 「いいんです。よく寝ちゃってて」そう言うと、私は眠ったままの唯ちゃんをおばさんに渡した。 「で、仕事はどうなの……?」 とお母さんが尋ね、話はまだ続きそうなので、私は三人を残して居間に戻った。 「さっき、唯と部屋の前で何を話していたんだい?」と、不意におばあちゃんが聞いてきた。 「部屋の前?」 「ああ。夕飯の前にだよ」 「ああ、あれ……」私は本当のことを言っていいものかどうか迷った。きっとそのままの話をして、信じてくれるわけもないだろう。それどころか、おばあちゃんを怖がらせるだけだ。 「いや、なんか、部屋に虫がいるって唯ちゃんが怖がって」 「そうかい。それならいいんだけど……」おばあちゃんらしくない、深く沈んだ表情をしていた。 「どうしたの?」 「いや、何でもないよ。見えていたのが虫なら、それでいいんだよ」 「えっ?」  おばあちゃん、何か知ってる……。 「おばあちゃん、もしかして、知ってるの?」  おばあちゃんは顔を上げ、何かを探るように私をじっと見つめた。 「やっぱりそうなんだろ。あの子、何か見えるんだろ」 「いや、あの……」 「隠さなくていいよ、知ってるから」 「知ってるって、何を?」 「私らはみんなそうなんだ」 「私ら?」 「うちの家系はね、みんなほら、そう言うのを持って生まれるんだよ」  え、なにそれ?  それ……、それって、私のことも言ってるの?  私は自分のことは誰にも言ったことがない。  自分のこの「見る」力は、なんだか誰にも言ってはいけない気がしたからだ。人に内緒で悪いことをしている気分になったからだ。だから当然、お母さんにもおばあちゃんにも話したことはないし、知らないはずだった。 「そう言うのって、なんなの?」 「信じないかも知れないけどね、人の見えないものが見えるんだよ。こんな風に言うと、幽霊でも見えるのか、って思うかもしれないけどね、そういうのじゃなくて、死んでいようが生きていようが、その人の考えていること、想っていることが見えることがあるんだよ、うちの家系に生まれた女はね」 「うちの家系って、それって、おばあちゃんもお母さんも智子おばさんもってこと?」 「ああそうさ。美咲、お前だって、小さい頃は見えていたはずなんだ」  小さい頃? 私は今でも……。それを言うべきか言わざるべきか……。 「こう言うのは、だいたい幼い頃に無くなるんだよ。生まれた時っていうのは、どんな子供も、生まれる前の前世の記憶やら、大人には見えないものを見る力やら、そう言うのがあるんだよ。特にうちの家系はね、そう言うのが濃いんだ。けれどもみんな、そう言うのは大人になって消えてしまう。自分の目で見た物しか信じなくなるからね。信じられなくなった力は、消えてしまうんだよ」  おばあちゃんは、私にはまだそう言う力があるってことを知らない。その前に、うちの家系がそう言う家系だったなんて、まったく知らなかった。これは突然変異とか、私だけに備わった力だと思っていた。 「唯もたぶん、いつかそうなる。大人になったら、自分が何を見ていたかなんて、忘れちまう……、そう思っていたんだがね。なんかあの子は違うんだ」 「違うって、何が?」 「だんだん強くなっている気がする。それが何でかわからんのよ」 「おばあちゃんとか、お母さんとかも、そう言うのがあるの?」 「わたしらはもうないよ。何も見えん。見えないのが普通だと知ったからね。だんだんと消えて行った。けれどもあの子は、唯は、それどころかなんでか見えるのが普通やと思っとる。なんでやろね……」  見えるのが普通だと思ってる……?  それってもしかして……、私のせいだ。  私がいつも、探し物とか何とか言って、唯ちゃんに力を見せているからだ。  だから唯ちゃんは、そう言うのができるのが当たり前だと思っているんだ。 「まあでも、そのうち消えるやろ。おねしょと一緒。心配しているうちに、気が付いたらなくなっちょる」  駄目だ……、私がそばにいる限り、唯ちゃんは自分の力があって当然のことだと思ってしまう。人に見えないものが見えてしまうことに何の疑いもなく育ってしまう。 「智子がな、うちを避ける理由はそれなんや」 「おばさんが?」 「ああ、そうや。智子はな、唯が四六時中私らと一緒にいて、自分の力が当たり前やと思ってしまうことが怖いんや。そうしたら、唯は一生それを悩んで、向き合って生きていかなならんやろ?」  そう言うことだったんだ……。 「あとそうや、ついでに言うておくわ。美咲、おまえさんな、もし好きな人ができて、結婚するようなことになっても、その人を失う覚悟はしときいや」 「失う覚悟?」 「ああ、そうや。うちは女ばかりやろ?」 「そう言えば、そうね」 「うちの家系は、男を寄せ付けんのや」 「寄せ付けんって、どういうこと?」 「磁石と一緒。何かの力が働いて、反発しよる。結婚しても、出て行く。出て行かん時は、死んでしまう。ちょうどあんたのお父さんと、智子んとこの旦那がそうやろ。あとそれに、男の子も産まれん。腹ん中で男の子ができても、産まれる前に流れてしまう。無事に出てくるのは決まって女やけん」  私には、まだおばあちゃんに聞かされている話が先のこと過ぎて実感がなかった。それにそんな話、どこまで信じていいの?  けれど私がそう言う力を持っているのは紛れもない真実だ。  だとしたら、ちゃんといつか向き合わなければいけない時がくるのだろうか。  男を寄せ付けない。  弘斗……。  やっと誰かを、好きになれたと言うのに。
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