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「どうだった?!」
美桜は愛海に意気揚々と聞いてきた。その顔は期待に満ち、その声は興奮気味に上擦っていた。
「……すっごく……楽しかった……」
一方で愛海は興奮とは真逆に、一見すると落ち着いているように見えた。だが、その瞳は美桜と同じで爛々と輝きを放っている。
美桜はその瞳に手応えを感じていたので、半ば答えが分かっていながら先を続けた。
「でしょでしょ?!やっぱり連れてきて正解だった~!!!」
「……うん」
ライブ会場からは愛海達と同じように興奮状態の者達が続々と出てきた。口々にライブの感想を伝えあったり、メンバーへの称賛を口にしたりと辺りは騒然としていた。
だが中には愛海と同じように沈黙した者達もいる。ただ呆然と、そして恍惚に先程の時間を反芻している者達だ。
「最初から……」
「うんうん」
「最初から、ほんと……かっこよくて……」
「分かる~!!!」
「ダンスもかっこよかった……」
「うん!だよね」
「やばい……」
「うん」
「やばかった……」
語彙力の低下に美桜は内心ほくそ笑んだ。
これは!愛海もはまってくれたのでは?!
今日のライブは本来であれば愛海ではなく、別の友達が行く予定だった。だけど、今朝になり友達から、熱が38度超え腹痛も治まらずどうしても行けないという吐血混じりのメッセージが届いた。分かる、這ってでも行きたいという気持ち。
仕方なくSNSで同行者を探したが当日だからか見つからず、最初は嫌がっていた愛海をお金はいいからと言って引っ張って来たのだ。
「今日はゲームしたかったんだけど、まだイベント終わらないからすぐ帰るよ」
最初はそんな事を言われたが、そこは姉妹、チケット代はいらないし夕飯好きな物を食べさせてあげるし何でも言う事聞いてあげるから~、と強引に妹を引っ張って来た甲斐があった。
美桜と愛海は年子の姉妹。愛海は二次元おたくで姉の美桜はアイドルおたくだ。素質はあると勝手に思っていたが予想通りで小躍りしたくなる。
大きな横断歩道の信号が青に変わると、皆が一斉に歩きだす。 興奮で火照った頬に夜風が当たり、気持ちよかった。
「ねぇ、またライブ行きたい?」
「……うん」
「ところで、誰か気になるメンバーいた?」
「……うん」
今日は美桜が追いかけているDariaという男性4人組のアイドルグループのライブ。美桜は箱推しと言いつつも、リーダーの御条要のファンだった。
愛海は可愛い系男子好きだから、最年少のこうたんこと久我崎晃太が推しになりそうだな~なんて考えながら聞く。
「よ、よしくん……」
「よしくん……?」
「最初からすっごく可愛いって思ったんだけど、ダンスはかっこよくて何よりあの歌声、すごく伸びが良くて……」
「待って、待って」
「なに?」
「よしくん?!」
「うん、吉岡くん……あれ?名前違う?自己紹介してたよね、よしくんて呼ばれてたしいいのかと……?」
「あ、研究生のね!」
「うん!」
「え?」
「え?」
「研究生?」
「うん」
「研究生見てたの?」
「うん」
研究生見てもいいけど連れてきたライブはDariaなんですけどー??!!!
吉岡……幹弥くん、だったか?
正直、研究生の子達の名前はよく覚えていない。オープニングアクトとして二曲歌ってたな、たまにバックで踊ってたな……位しか覚えてない。あ、あとMCにも出てきてた……。
美桜の薄い反応を不審にも思わず、愛海は続けた。
「大きな二重の目がくりくりしてるところも、なんていうかもう、かわいくて……あとあの長い手足、てか、ほっそかったよね、少年て感じでいいよね、今しか見れないのほんと貴重……」
「あ、うん……えっとDariaは?」
「うん、かっこよかったし、ライブ楽しかった」
めっちゃ普通に返されてしまった。
何だそのテンションの差は。
いや、しかしここからDariaに興味持ってくれるかもしれないし。
「ねぇ、またライブあったら来る?」
「うん、行きたいな、よしくん出る?」
「う、ん、たぶん……」
「てゆか、よしくん達のライブ見たいな」
「あー……研究生のライブもあるよ、確か……」
「ほんとに?じゃあ、行こうよ!!」
「……うん」
うきうきとした足取りの愛海を見ると何も言えなくなってしまう。
研究生の子達にはそんなに興味ないけど、ライブは行けば楽しそうだ。Dariaの曲もやるだろうし。
今日は付き合ってもらったのだ、その御礼になるなら行くしかないだろう。
「そうだ」
地下鉄の駅に続く階段を歩きながら、愛海は思い出したというように顔を上げた。
「帰ったら私の推しアニメのDVD見ようね」
「え?」
「言ったじゃん、ライブ行く代わりにアニメ見るの付き合うって」
「あー……言ったか?」
「そうだよ、来週のライビュ付き合ってくれるって言ったからチケット二枚申し込んだんだよー」
「……」
確かに言った、言ったわ……だって空席作るのは嫌だし、愛海とライブ行けたら楽しいかななんて思ったんだもん。言う事なんでも聞くから、なんて何故言ったんだ今朝の私。
「美桜ちゃん多分好きだよ、私の推しアニメ」
愛海は楽しそうに言った。それは美桜がライブ前に愛海に対して思った事だ、予想外のところに行ったけど。
アイドルのゲームをやっているのを知っていたので、興味を持ってくれるんじゃないかって思ったのだ。
「一緒に見ようね、早く帰ろ」
まぁいいや、愛海も楽しそうだし。ライブは楽しかったし、推しはかっこよかったし、次のツアー発表もあったし!
「うん、帰ろう」
そして。
愛海とDVDを一緒に見た私に待っていたのは。
沼はいつだって突然やってくるのだ……。
完
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