兄の道2

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兄の道2

アラード地でオーロラが見られなくなったのは二十年前。オーロラだけを観光源としていたアラード地では収入源が無くなり、元々作物も育ち辛いその地から人は徐々に減り続け、今では誰も残っていないという。 「……うーん……閉店している店ばかりですね……」 一つの地から人がいなくなれば、当然周りの地への影響も出る。アラード地に近付けば近づくほど人が少なくなる為、リトが覗き込む店は皆、看板だけを残してかなり前に閉店したものばかりだった。 「こうなっているとは聞いていましたから、沢山買っておいて良かったですが……」 重たいリュックを背負い直し北の方へ向き直すと、リトは違和感を覚え、コートのポケットから大きな地図を取り出した。地図を低く持つと、視線だけを上げて前髪の間から辺りを見渡す。いくつか先にある看板。そこもきっと閉店しているだろう寂れた壁の向こうに、少しだけ人の影が見えたのだ。リトが向こうを窺うように、向こうも見目が目立つからだろうか、旅行者であるリトを窺っているようで、どうしたものか、少年が何度も地図を読み直していると、とうとう向こうから少年に近付いてきた。 「……あのお、旅行者の方ですか……?」 寒い地ではよく見る、分厚いコートに温かそうな帽子を目深に引っ張った男女が二人、少し扱けた頬で笑ってリトに話しかける。少年も笑って「ええ」と返すと、二人は顔を見合わせ嬉しそうにするのだった。 「今、この地にほとんど人が残っていない事を知っていますか?」 「え?ええ……はい」 「オーロラが見られなくなって二十年。研究者も経営者も歌手も農民も、誰も彼もがすぐにこの地を見放し、生まれた母なる地を捨て去って行きました」 「はい」 「私達はそれでは駄目だと!残された町人で集まり、一つの組合を結成したのです!無くなった美しい空に名前を貰い、オーロラ組合と」 男女は興奮してきたのか、握りこぶしを震わせながら熱弁する。リトは一つ一つに頷き、またそれに男女が大きく頷く。 「残された者達でこの地を復興させようというものです。オーロラは見られなくなった。しかし!まだ我々の知らない復活方法があるのではないか、まだ我々の知らないこの地を潤わせる何かがあるのではないか!しかし残った我々の知識というのは集めても乏しく、方法を求めて何人かは他の地へ赴いています。が、こうしている間にも、町から人は減り、商人も警察も来なくなってしまう……我々には、新しい力が必要なのです」 男は少年の手を取ると、涙ぐんだ瞳を真っすぐに、今までで一番の熱弁を語り出す。 「そう、貴方のような!他の地の知識を得た、若い力が!少しの間で構いません、ここに在住し、オーロラ組合と共に復興を……」 少年が目をぱちぱちと瞬かせる。しかし男の熱弁と女の涙は止まらない。と、取られた腕の袖を、また別の誰かが引っ張った。 「?、え、」 三人が気が付いた時にはリトは知らない少女に腕を引かれ、彼女の急く足に釣られて走り出していた。 「あっおい待て!」 男女が慌てて少年少女を追い出したが、出遅れた分だけ子供達は素早い足を廃墟の間の道へと向かわせる。あの、と息継ぎの間にリトが何度か零すも、少女は喋るより足を動かせといわんばかりに腕を引く力を強め、角を何度も、視線が切れるよう曲がる。まだ声は付いて来る。少女は扉が半分開いたままの家に入ると、横の部屋に入り裏口から出て、また次の家に入り裏口から出て、開けた店の棚の影に入った。少女がそうするように、リトもリュックを押し付け棚と壁に沿って立ち、近づいて来る足音と声に息を忍ばせ、やがて離れていくと、ようやく手が自由になる。 「あの」 「あれ騙してるから」 「え?」 少女は一度息を整え、走ったせいか薄い上着のせいか、赤い鼻を啜る。栗色の髪が揺れた。 「あれで集まった人は別の町に売られるのよ」 「ああー……なるほど。助かりました、ありがとうございます」 リトが頭を下げると、少女はそっぽを向いた。 「助けられたかどうかは分からないわ。これからすぐ、この町とあいつらで戦うから」 「戦う?」 「そう」 少女はまだ、棚の影から周囲を窺っている。まるで見つかれば殺されるように、未だ緊張した様子だった。 「あいつらが来てから半年の間に、町に残ってた人の半分以上は騙されたり攫われて売られた。……気付くのが遅かったわ。それで一昨日、町から逃げようとした叔父さんが殺された。あいつらは人を売るから、予備の売り物として、今までは私達も殺されなかったんだろうけど……もうそろそろ限界。だから、残った町の人全員であいつらの武器と馬車を奪って、逃げるの」 「逃げるんですか」 少女は少年へ振り返った。真っすぐな瞳に、そうよ。と強く言い返す。 「全員倒して警察に突き出せたらいいけど、向こうは人数は少ないけど武器も、ちゃんと戦える人もいるのよ。だから一番は、全員無事に逃げ出す事。それで一番近くの町の警察に行くわ」 「なるほど」 リトが頷いたと同時に、遠くの方で大きな音が聞こえた。建物が倒れるような破壊音に、地面が小さく揺れる。 「!、始まった」 少女は身を乗り出し、音がした方へ、北へと走り出そうとして一度振り返った。 「どっちにしても、騒ぎの間に逃げられるかもしれない。そこに隠れてて!」 走り出した少女の背中を見て、少年は数秒じっと目を泳がし、それから少女の後を追う。足音に振り返った少女はリトの姿を見て驚き、怒った様子で声を上げる。 「何で!来てるの!」 「……そういう話を聞いて、隠れているわけにもいかないでしょう。何か手伝います」 「子供じゃ足手まといなの!」 「同い年くらいでは?」 少女はカッと顔を赤くしたが、反面足は力を無くし、やがて止まる。少女は項垂れ、悔しそうに呟いた。 「……私も、そう言われたの。でも、たった二十人しかいないのよ。おばあちゃん達だって頑張ろうとしてる。子供だからって、私だけ隠れてるなんてできない」 少女は涙が零れそうな目を必死に見開き、唇を震わせている。遠くでは何か声と、また建物が崩れる音がしている。 「僕も手伝いますよ」 少女が、リトへ顔を向けた。家事でも手伝うように、リトは優しく笑う。 「子供二人なら、何か出来るかもしれません」 「……危ないわよ。もしかしたら、死んじゃうかも」 「僕がしたいからするんです。貴方も同じでしょう?」 ……うん。と少女が頷くと、涙が一粒落ちた。顔を上げ、付いて来て。と北への廃墟通りを少年少女が走り出す。 穴の空いた塀から少年少女が覗き込む先は、オーロラ組合の拠点。元々ホテルだった立派な廃墟を使っているようで、赤い煉瓦造りの窓は四階分全て閉まり、表の入り口には男が二人、辺りを警戒している。腰には剣と、銃。 「西にある馬小屋から馬を連れて、馬車に繋いで、南の方まで一気に、走る。人はさっき音がした方と拠点の二箇所に分かれてるから、こっちで拾って、南でもう一回拾って逃げ出せれば勝ちよ」 西の馬小屋と馬車は入り口からよく見える位置にある。そのまま近付けばすぐにバレるだろう。 「お父さん達も、もういるはずなの。裏で火事を起こして、中を固めさせる。あいつらは報復を怖がって引っ込むはずだって。でも私達は中の奴らに興味は無いから、外の馬と馬車を取りに行く」 「でも、表の人をどうにかしないと、馬が取れませんね」 「火事が起これば、一人は裏に行くと思うんだけど……」 「近くでもう一つ火事を起こしましょうか」 リトはリュックを下ろし、中からマッチと、小さなランタンを取り出した。 「僕が東の方に行って、裏の火事と同時に東の壁を燃やします。確実に一人は来るでしょう。意識だけなら二人共東に向くはずです。後は貴方が馬小屋に、」 「駄目よ。そっちの方が危険だわ。私が投げる」 少年と、決意を固めた少女が見合い、少年が頷いた。ランタンとマッチを渡すと、静かに走って行く少女の背中を見送る。 やがて辺りには、焦げ臭い風が吹き始めた。入り口の男達も互いに顔を合わせ、訝し気に鼻を上に向けた時だ。 「かっ火事だー!裏が燃えてる!」 大きな声が聞こえ、男達はぱっと声がした裏へと顔を向ける。が、入り口から動く事は無かった。だが次の瞬間、東の壁沿いに、パリン!と何か割れた音が聞こえると、東側に立っていた男が急いで走り出した。次いで火の付いたマッチが塀の向こうから飛んでくると、割れたランタンの上の落ち、ごうごうと燃え始めたのだ。 「ッ、侵入者発見!」 男が塀の向こう、少しだけ見えた少女の頭と手に銃を向けた。引き金が引かれ、塀が欠ける。 「きゃあ!」 「がっ!?」 聞き慣れない高い声と、聴き慣れた低い声が銃を持つ男の耳に届く。入り口に立つ仲間の声だと分かった、だが侵入者は目の前にいる、敷地も燃えている。一瞬の焦り、舌打ちと共に急いで踵を返し入り口に走った。 リトは東の壁から帰って来た男が見えた瞬間、捻り折った男の腕と背中から立ち上がり、男から奪った銃を構える。素人の弾は男より一メートルも離れた壁を抉るだけだったが、時間稼ぎとしては十分だった。一度壁に引いた男がもう一度リトへ銃口を向けた時、引き金が引かれるより先に男は頭を殴られて倒れた。 「……お父さん!」 塀の向こうから少女が顔を出す。現れた四人の町人の内一人が少女を見て、目を丸くした。少女が急いで塀をよじ登り駆け寄ると、彼女の父親は大きな怒鳴り声を上げる。 「どうしてお前がいるんだ!」 「っ……!私だって戦えるって言ったでしょ!それに今そんな事言ってる場合?!」 「おっ、ッ~~!西からも回って来る!早く馬を……、」 「すいませーん繋ぎ方分からないですー!」 少年は馬小屋の紐を解き、そのまま馬を撫でて手を振っている。 「おい、あの子は誰だ。知らない奴だぞ」 「旅行者。手伝いたいんだって。いいから早く!」 親子が駆け寄ると、入り口が開いた。中から組合の男達が鬼気迫った顔で辺りを見渡し、腕をありえない方向に曲げて倒れている仲間と、父親と娘を見つけ、いたぞ!と声を上げた。剣を構え、切先を向ける。 「おい!おま゛ガッ?!!」 一人が急に閉まった扉に飛ばされ、もう一人を巻き込んで地面に落ちる。扉の裏側から出てきたリトはコートを舞わせながら倒れた一人の掌を踏みつけ剣を奪うと、一番最初に自分に気が付いて振り返った男の腕を切りつける。刀身が骨までの肉を切り分け、一時力を無くした手からは剣が落ちる。 「イ゛ッ、ーー!」 一瞬思わず傷口を握った男は、目の前に向けられた切先に息を止めた。目を限界まで開き、飛び跳ねた心臓で動悸が早くなる。地面に伏せていた二人はいつの間にか視野の外になっていた他の町人によって気絶しており、男は静かに手を上げた。 「馬の準備お願いします。僕した事なくて」 切先を向けたまま、少年は町人にそう告げる。五人の内三人も駆け出せば、男の目が自然とそちらを向くその瞬間、少年は男の腹を蹴った。突然の衝撃に男が唾をまき散らして膝から崩れ落ちると、次にこめかみへとグリップが叩きつけられ、男は白目を向いて地面に落ちた。 「裏はどうなった!」 「消火が三人!お偉いさんは見てない!」 「叩かれるのが怖くて中に引き籠ってんだろ!」 「おい、早く来い!そっちの子供も!」 「……あっ、はい!」 いつの間にか一人立っていたリトは振り返り、急いで準備が出来た馬車へと乗り込む。走り出すと、目を覚ました男達が声を上げたが、煩い蹄の音には追い付けず、どこかを指差したり中へ叫んでいる。 「大丈夫か、他に怪我人は」 「俺は腕だけだ。あとは……、」 馬車は十一人が乗れるほどには大きかったが、天上があるだけの吹き抜けたもので、血生臭さが鼻をくすぐっては流されていく。裏で争っていたらしい男達十人の内七人は血を流し、酷い人はズボンを真っ赤に染めぐったりとしていたが、一時の成功に全員笑っている。 「銃を持っている奴が表の奴だけだったのが幸いだったな。後は多分お偉いさんと、その側近だろ」 「あんな上等品、中々集めらんねえよ」 「よく表を潰せたな」 「この子が手伝ってくれたの」 少女がリトの肩に手を置くと、白髪に浅黒い肌の、そういえば見た事の無い少年に、町人達は改めて目を丸くした。リトは黒い瞳を細め、頭を下げる。 「リトと言います」 「北の最奥に行きたかったらしいんだけど。途中で勧誘されてて、助けて……それで、手伝ってもらったの」 「そうか。巻き込んですまない。ありがとう。……本当なら、この町にようこそ!とでも言ってやりたいんだがな」 「ここまで賑やかな歓迎は初めてですね」 男達は笑って、それから外を見た。 「あとは南にいる仲間を拾って終わりだ。もう着く」 「あいつらは上手くやってるんだろうな」 「おうよ。そりゃあ町中の建物崩して周れば、いくら剣持ってようが銃持ってようが女子供にも勝てねえよ」 馬車が揺れた。御者役の町人が声を上げる。 「もう集合場所だ!警戒しておけよ!」 男達はびっと身を翻し、辺りを見渡す。大きな馬車がどうにか通れている道の左右は崩れたり崩れそうになった建物が目立ち始め、少女が瓦礫の山を指差した。 「あそこ!組合が一人倒れてる!」 「あっちもだ!上手くいったみたいだな!」 やがてリトが最初に声を掛けられた通りまでくれば、元の面影はすっかり無くなっており、瓦礫の影からお年寄りと、女性と子供達が手を振っていた。馬車が止まる。だが、それでも蹄の音がどこからか聞こえてきた。 「……?何の音だ」 「……、!ねえ!後ろ!」 一人が馬車が走って来た道を指差した。すると崩れた建物の向こうの向こうから、全速力で向かってくる馬車が一つ。 「まずい、もう一つ隠してたのか!」 「早く乗れ!迂回してくるとしても、時間が無いぞ!」 動ける男達、それに少年と少女も急いで降りると、小さな子供やお年寄りを急いで乗せる。二十人が乗るには狭く、一人一人が縮こまりようやく女性が乗り終えた時、とうとう蹄と車輪の音がすぐ後ろまで来ていた。 「早く出せ!」 まだ地に足を置いていた町人達が急いで駆け上がる後ろで、馬車から二つの腕が顔を出す。その手には銃が握られていて、銃口は真っすぐに馬車を向いている。全員が馬車に乗った。もう場所の無い後方では立ち上がったまま小さな柵にしがみ付き、リトも少女も倣って柵を掴む。二人の視線が後ろの馬車に向いた。勢い良く手綱が振られた馬が大きく嘶いた瞬間。 「ッ危ない!」 破裂音が響いた。リトは同時に少女を押し倒す。人が立ち込める馬車の中では少女は倒れきれず、リトも倒れきれなかった。少女が見たのは、リトの肩から吹きだす赤い血。 弾の一つは馬車の天井を抉り、少年の肩を貫通した弾は、血を纏い、そのまま倒れ込んだ少女や町人の上を舞う。 衝撃で傾いた少年の体は、跳ねた馬車の振動でガクンと揺れ、そのまま力無く柵へ、その向こうへ落ちていく。 「あっ……!」 少女は手を伸ばした。指先がコートを掠め、掌が空を掴む。ゴッ。と重たい音がした。 何度も転がった少年の体は、離れていく馬車に向けて一言だけ、 「ーーっ、逃げて!!」 地面に伏せたままの口から、そう叫び声が聞こえた。 叫び声を上げそうになった少女の声も、馬車を止めようとした男達の声も、全てが蹄と車輪の音に飲み込まれる。少年の体は這いずるように動くと、後ろから追って来る馬車に向けて手を伸ばした。その手には、奪っていた銃。轟音が一つ。 オーロラ組合を乗せた馬車の車輪が砕かれ、車体が傾き倒れると、重さに引っ張られた馬も嘶きを上げながら倒れた。窓から数人が転げ落ち、車体の下敷きになって声を上げる。 瓦礫の中の惨事が、少女の目にはもう小さく見えていた。もう少年の姿も見えないほどに。やがて馬車は瓦礫を避けて道を曲がる。少女も、彼女の父親も、誰一人声を出せずに、車輪は南へと向かう。 「クソ!早く逃げるぞ!あいつらが警察に駆けこめば俺達が危ない!」 「馬が負傷してる!車輪が直せても、馬車は動かせねえぞ!」 「馬は置いておけ!早く戻ってボスに知らせるんだ!」 帽子を被った男は歯を鳴らし、倒れた馬車を蹴る。そこで、道の先に倒れた少年に気が付いた。 「……仕留めたのはガキ一人だけか、クソッ」 「誰だ銃を取られた奴は」 「だから銃は全員に持たせておいた方がいいって言ったんだ」 「それは後だ、早く逃げるぞ!ガキの銃だけ取り返しておけ!一度ホテルに戻るんだ、急げ!」 走り出した帽子の男へ数人が慌てて着いて行き、もう数人が怪我をした仲間を背負う。残った一人がリトの傍で膝を折る、と、僅かに上下するコートに目が付いた。 「おい!生きてるぞ!どうする」 「あ?!殺しておけ!」 男は頷き、剣を引き抜く。両手でグリップを握ると、少年の首目掛けて振り下ろした。
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