羊の群れのリバーシ

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羊の群れのリバーシ

 立石(たていし)都古(みやこ)は二時間の残業を終えて帰路に着いていた。従業員用の駐車場を右折してすぐにある信号に捕まり、思わず舌打ちをする。  都古は地方チェーンのスーパーマーケットに社員として入社して三年になる。先日郊外に位置する店舗に異動になり、仕方なくペーパードライバー講習を受け車通勤を始めたところだった。残業に加えて、通勤時に集中力を要することも体を疲弊させた。  そもそもプライベートであっても車を運転することは好きではない。  車に乗らざるを得ない時、何か大きな動物の群れになった気分になる。自分よりも大きな皮を被って、その流れを乱さないように、群れの中に飛び込んでいかなければならない。信号待ちの間、前に倣え、をする時だけ、息をつく間ができる。  大通りに入り、再び緊張の中車を進める。ふとバックミラーを見上げると、後ろからものすごい勢いで車が追い上げてくるのが見えた。ウィンカーも出さずに群れの合間を縫って、風のような速さで通り過ぎる。心拍数がどっと上がる。遥か彼方、見えないところまで走り去ってようやく、心臓が通常運転へと戻っていく。  よくもまぁ、他人をそんなに信頼できるものだ、と都古はため息を吐いた。私のように何年経っても初心者マークを取ることができない車も、免許を返納した方が良いような車もいるのに。自分の身体が巨大で、殺傷力を持つということを忘れているのだ。それが他の車も同様だということも。  そんなにも生き急いでどこへ行くというのだろう。行き着く先は同じだというのに。その死に急ぎ行為に巻き込まれて死ぬなんて、死んでもごめんだ。事故をするなら、私の見えないところで起こして欲しい。  車を運転すると、ひどく疲れる。森羅万象に注意しなければならない。群れの中にいては、群れを乱さないことも重要だ。  人のままでいれば常には群れなくても生きていけるのに、どうして車に乗るのだろう。行き着く先は、同じなのに。
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