羊の群れのリバーシ

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 翌朝、都古はいつもより十分早く家を出た。今日は開店から社員が一人しか居ないシフトのため、都古が朝礼をしなければならない。連絡事項を事前に把握しようと思ったのだ。  スーパーは多くの人が働いている。社員はごく少数であり、そのほとんどを構成するのがパートタイマーだ。中規模店舗だが、社員は都古を含め三人しかいない。一人はじきに産休に入る。実質二人。一方でパートタイマーはその数十倍だ。異動したての数ヶ月、顔と名前を一致させるのに腐心する。これまでに何度か異動があったが、全員の名前を覚えるまでの期間が最も気を揉む。深く息を吸ってから、バックヤードへと踏み込む。 「おはようございます」  いつも大きな声を出そうと意気込んではいるが、その気概も虚しくそこそこの声しか出ずに終わってしまう。案の定近くにいるスタッフだけが気付き、小さくおはようございます、と会釈をしてくれた。  何度も挨拶を繰り返しながら、エプロンの掛かったハンガーラックを目指す。ラックの正面にはこの群れのボスが陣取っており、取り巻きたちと談笑していた。 「おはようございます」  挨拶をするも気付かない素振りで談笑を続ける。取り巻きたちはチラチラとこちらの様子を窺いながらも、ボスに追随するより他にはない様子だ。 「おはようございます。エプロン取らせてくださいね〜」  都古はなるべく感情を抑えながら自身のエプロンへと手を伸ばす。媚びた声を出す自分に反吐が出る。君臨するボスの名前は杉並(すぎなみ)と言う。この店に唯一残ったオープニングスタッフで、杉並しか把握していない業務がブラックボックス化し、店舗が回らなくなるから下手に辞めさせることもできない。言わば魔窟のような店舗。自分より仕事のできない小娘に従わなければならない現状を腹に据えかねているようで、赴任してまだひと月ほどではあるが都古に「仕事ができない社員」のレッテルを貼り、地味な嫌がらせを始めた。  心理学で言うところの黒い羊効果だ。白い羊の群れに、黒い羊が一匹。同じ集団に属する中に劣ったものが居れば集団の価値が下がる。集団としての価値を落とさないように平均や中央値には含めず、異質な存在として排除する。元々、黒い羊は厄介者を意味する。黒い羊の毛は染色もできず安く買い叩かれる。羊は目が悪く、羊飼いがどれほど誘導しようとも目の前の黒い羊に着いていってしまう。  仕事を円滑に進めるのが社員の仕事であって、個人的な感情で仕事を滞らせるパートタイマーの行為は目に余る。どちらかと言うと杉並のような人間こそが黒い羊ではないのか。白い羊を悪い方へ導く黒い羊。真っ当なスタッフも同調圧力で黒くさせる、まるで腐った蜜柑。立場を変えると白黒反転して、まるでオセロみたいだ。  都古は何も好き好んで同じ集団に属している訳ではないし、従えようとしている訳ではない。それが仕事な以上、避けようがないだけだ。ただ既存のスタッフに認められない以上うまくやっていけないのだから、付けいる隙を作ってはならない。
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