羊の群れのリバーシ

4/8
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 シフト表と連絡事項が書き込まれたノートを確認する。社員のシフトや今日の入荷、品出しの優先順位等が細かく書き込まれている。 「朝礼を始めます。皆さん集まってください」  雑談を中断して、スタッフたちが集まってくる。ボス猿たちの集団は気付かないふりをして雑談に興じている。いっそ無視して朝礼を始めてやろうか、と思いながらも声を掛ける。 「杉並さんたち、朝礼始めるので集まってください」  腹から声を出そうとしているはずなのに、口から空気が抜けて中途半端な声になってしまい、都古は内心舌打ちをする。喉が細いのだろうか、とにかく大きな声を出すということが苦手だった。杉並は悪怯れる様子もなく、文句を垂れ始めた。 「声が小さくて始まってないかと思った〜。もっと大きな声でお願いできますか〜」  都古は思わずギョッとして、杉並をまじまじと見つめた。こんなに直接的な、あからさまな嫌がらせをするとは思ってもみなかったからだ。 「すみません。精一杯大きな声を出しているので近くに寄っていただけますか。手前の方たちは十分聴こえているようなので」  老化による難聴ですか? と喉まで出かかったが、止めたのを褒めてほしい。取り巻きたちは互いに視線を絡ませた後、サッと手前へと近付いてきた。杉並は渋々と言った様子でその後ろに着いた。時には白い羊が黒い羊を導くこともあるようだ。これ以上角を立ててもいいことはない。何事もなかったかのように連絡事項を伝達していく。  都古は元々接客業を志望していた訳ではない。尚也との結婚を見据え、引越しをしなくていい地元の中小企業に絞って就職活動をしていた。第一志望の業界の面接に躓き、仕方なく業種を広げてようやく内定をもらえたのがこの会社だ。会社にはバイヤー志望だと告げてあった。接客が自分の特性に向かないことは重々承知していた。  入社してからの配属は、どこの会社も店舗から始まるのだろう。研修さえ終わればバイヤーへの道が開かれている。そう信じていた。気付けば三年の年月が経過していた。入社さえできれば、採用さえできればこっちのもの。希望する部署に配属される訳ではなく、適材適所に割り当てられる訳でもない。そんな会社の在り方に疑問を感じてはいるが、もう一度就活をしようと言う気も起きない。  転職サイトを見ることもあるが、志望動機の欄でいつも躓く。そんなの、今の環境が嫌でお金が必要なこと以外に何があると言うのか。散々出る杭を打つような真似をしておいてあなたの長所は? と問う社会が嫌いだ。その点パートタイマーはいい。仕事の領分が決められていて。社員の仕事はパートの仕事から漏れた全ての事象なのだ。休んだパートの穴埋めから故障した機械の修繕の手配まで、何でもする。貴方たちより給料が高いのは何でも屋だから。社会一般的に見ると全然高くはない。  ごめんなさいね。こんな小娘に従いたくない気持ちも分かるけれど、仕事なので。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!