第二章『形代学園の人々』/第08話 天人計画

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第二章『形代学園の人々』/第08話 天人計画

 脩太はあらためてノートPCに向かった。  収録された膨大なデータ量に面食らい、これまでは『サイメタル』と『形代学園』の情報にしかアクセスしてこなかったが、意を決して、曽祖父の長年に渡る研究資料にも目を通すことにする。初めからそうすべきだったと悔いは残るが、自分はまだやり直せるのだと信じたい。  研究に関するデータは、第二次世界大戦にまでさかのぼる。  そのプロジェクトは『天人計画(てんじんけいかく)』と呼ばれ、帝國陸軍主導のもとに進められていた。今風に言えば『ロボット歩兵開発計画』といったところだろうか。  新進気鋭の研究者だった曽祖父は、愚者の夢想と笑われたこの計画を任されると、一歩一歩着実に、それを現実のテクノロジーへと昇華していった。  しかしその道のりは遠く、終戦の時点では『一式』および『二式』という試作機を作るのみにとどまっている。これらは皮肉を込めて『からくり歩兵』とでも呼ぶべき代物で、目指した『天人(てんじん)』の概念には遠く及ばなかった。  戦後、秘密裏にGHQに移管された本計画は、同じく秘密裏に招へいされた曽祖父の陣頭指揮のもと、『バイオニック計画』と名を変えて継続された。  この段階で『セルビット』という人造細胞の概念が登場する。  セルビット《CELL-BIT/The CELLs with Bio-Integrative Theory》は、人間の細胞がそうであるように、「エネルギーを生み出す最小単位」としての機構を持つ。  このセルビットを六〇兆個用意し、人間の形に集合させることで人間そのものを模倣しようと考えられたのが、『バイオニック』である。六〇兆個のセルビットがもたらすエネルギーは、人間を遙かに凌駕する身体能力をもたらし、まさにかつてのプロジェクト名だった『天人』を生み出すことが期待された。  一見、奇天烈な発想にも思えるが、ハイパー・ナノテクノロジーの進化がそれを後押しし、計画は『G3』『G4』と順調に技術革新を深めていった。  だが一九八〇年代、十数年のブランクを経た『G5』をもって、計画自体が凍結されることになった。「これ以上の技術革新が見込めない」というのが表向きの理由だが、実はこのとき、セルビットの集合体に過ぎないはずの『G5』に、魂とおぼしきものが宿ったというのが、ことの真相である。研究者たちは、虚無より生まれ出でた「何者か」に、心の底から恐怖したのだ。  この世の禁忌(タブー)に触れた証だ――と。  これら一連の出来事を揶揄して、本計画をかつての『天人計画』ならぬ『天神計画』と呼ぶ者もいたという。  かくして『バイオニック計画』は終焉を迎えたが、ここまで極められたテクノロジーの再利用は推進された。  『サイメタル計画』としてリブートされた開発プロジェクトは、「人体にパーツを付加する技術」として確立されていく。  これが今、全世界で普及が進められている『サイメタル』のルーツである。『バイオニック』と源流を同じとしながらも、それを人体の一部との互換に限定することで、まさに消極的活用を徹底したかたちだ。それが関係者の心の安寧を保つことにもなった。  一方で、凍結されたはずの『バイオニック計画』は、曽祖父自身によって密かに継続されていた。何が曽祖父を駆り立てたのか、資料から察することは難しい。もしかすると、計画立案者としてのエゴがそうさせただけかも知れないし、誰も知らない奥妙な思いがあったのかも知れない。  二〇〇〇年代初頭――弾博士は、『G5』の半分にダウンサイジングした『G6世代セルビット』の開発に成功するが、これを最後に、以降の進捗はどこにも記されていない。  バイオニックに関する公式な資料は、ここで終わりである。  おそらく、公文書や元関係者の証言、果てはネットに氾濫するオカルト記事を読み漁ったところで、これ以上の情報は存在しないのだろう。そういう意味でも、このノートPCこそが、世界で最もバイオニックに詳しい書庫だと言えるのだ。  ここから先のことは、過去の文献ではなく、ノートPCにインストールされているソフトウェアを使って、実践的に理解するしかない。  脩太は、筆頭に挙げられているシステム『カゼオトメ』を起動した。  赤を基調にしたインターフェースは、レミーが眠っている棺桶(コフィン)の液晶モニタと同じだ。赤はレミーの色、ということなのだろうか?  脩太は、画面に並んだタイル型のインターフェースを片っ端からタッチしてみる。それぞれが別画面に遷移し、さらなる機能一覧が並んだ。この『カゼオトメ』には、見た目以上にたくさんの機能が実装されているようである。  そんな中、「観測」という項目が、ひときわ脩太の目をひく。  レミーと初めて出会ったとき、彼女は言った。「観測して! 脩太!」と。  あのときは、状況が状況だけに、まともに思考を巡らすことが出来なかったが、「観測する」という行為がレミーにとって大きな意味を持つことは想像に難くない。  脩太は他の画面と同じようにタイルにタッチし、「観測」に関する詳細画面を見た。  初見では意味のわからないデータがたくさん並ぶなかで、大きく表示されたある二つの数値が脩太の心を激しく揺さぶった。 「これは……!」  画面をまっすぐに見ることが出来ないほどの動揺。吐き気を催すほどの拒絶感。  そんな数値が示されていた。  しかし、この数値を受け止めなければならない。おそらくはバイオニックシステムの根幹をあらわすものだから。  脩太は、バイオニックという存在が孕む、大いなる矛盾に打ちのめされていた。
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