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第二章『形代学園の人々』/第01話 脩太、釈放される
脩太の身柄が解放されたのは、それから三日後のことだった――と言っても、そのあいだ瓦礫に埋まっていたわけでも、怪我で入院していたわけでもない。
警察に拘留され、「そこまで詳細な記録が必要なのか?」という愚痴を言う気力も失せるほどの尋問調書を取られていたのだ。おかげで、拒絶の地平面には厚みがあって、それは約二メートルであること、そしてバレットライナーが通過するのにかかる時間は〇.〇二四秒であることを知ったが、「厚みがあるなら、面じゃないだろう」という脩太の反論は、「そういう文句は学者先生に言え」と一蹴された。
この調子だと、四日目、五日目もあるな……とゲンナリしていたところに、救いの神たる「身元引受人」が現れ、脩太は晴れて娑婆に出られることとなった次第である。
出口で待っていたのは、白衣に黒眼鏡の「THE研究者」という風体の男性だった。ちょっとコスプレ感が出ていて、本当に研究者なのかは怪しいところだ。
脩太の当てにならない人間観察力によれば、年齢は四〇代前半といったところか。
「オツトメご苦労様でした。身元引受人の大槻です」
「あ、ありがとうございます――え、いや、ここ刑務所じゃないんですけど……」
「ははは……つっこむ元気があって何よりです、弾脩太クン。いやあ、それにしても初日からドカンと大きな花火を打ち上げてくれましたねえ。どうでしたか? 生徒会のノリは」
「ノリ……って。あれはそんなゆるいな出来事じゃありませんでしたよ。生徒会というより過激派って感じがしました。いや、テロリストだ」
「ですねえ」
「ですねえ……って」
「弾クンが戸惑うのも無理はありません。しかしこれがサイメタル特区である「バブリスの内側社会」の奇異なところでね。あれも有識者たちに言わせれば、生徒たちの自浄作用であり、来たるべき「一億総サイメタル時代」に向けて歓迎出来ることらしいですよ」
「そんなことを言う大人がいるんですか!?」
「大変申し訳ありません――」
「あ、いえ、違うんです、どうか頭を上げて下さい」
深々と頭を垂れる大槻に、脩太はあたふたと対応する。
『何なんだ? この人……』
――という脩太の心の声が、ばっちりと表情に出ていたのだろう、大槻は「私の本業はその時が来ればわかりますので」と言ったあと、「ちなみに私、きみのクラス――二年B組の副担任も務めております。明日からの学園生活でもどうぞよろしく」と柔らかく微笑んだ。
「え、そうなんですか!? こちらこそよろしくお願いしますッ!!」
慌てた脩太の最敬礼は最大角九〇度をゆうに超え、一四〇度に迫る勢いであった。
もはや、立位体前屈である。
「ははは……まぁまぁ、弾クン。楽に、楽に」
それにしても、『生徒会副会長』の次は『学級副担任』だなんて、この街で脩太は『副の人』のお世話になる運命らしい。いや、前者の世話にはなっていないが。
「ところで大槻先生……で、いいですか? 今回の事故って、どちらかというと生徒会のほうから仕掛けてきたわけで、何というか、もはや事故じゃなくて殺人未遂事件じゃないかと思うんですけど」
「ははは……そうですよねえ。弾クン的には、到底、納得出来る手打ちではありませんよねえ」
あったかい笑顔で脩太の言葉を受け入れる大槻先生。
柔らかい。この人、とっても物腰が柔らかい。
何だか、カリカリしている自分がさもしく思えてくる。
三日間拘留されたけど、まあいいか――という錯覚に陥りそうになる。
「せめて、あの副会長も一緒に調書を取られたのなら納得してもいいですけど……」
「それは叶わないでしょうねえ。学園の生徒会は、生徒たちの代表者というより、二號教育委員会の下部組織といった位置付けに近いですから」
「おかしな話ですね」
「さすが、街の名前が『二號学区』というだけのことはあります。一般の生徒たちから見れば、二號教育委員会の言うことは絶対神からの神託に近いものがありますからねえ。事実、彼らの影響力は大きいですし――独裁者、猛々しい国王、森羅万象の神々、どれでも好きな言葉で彼らを表現しちゃって下さい。ただし、誰もいないところでね」
「はぁ、じゃあザビ家って呼びます」
「いいでしょう」
『ファッ!?』
そんなことを話しながら歩くうちに、暴走機関車が突入した形代中央駅の駅前広場にさしかかった。
さすがにもう大きな瓦礫は撤去されていたが、そこかしこに破壊の痕跡があり、まだまだ惨状のていをなしている。これで「死者ゼロ、重傷者1」で済んだというのが不思議なくらいだ。しかもその重傷者というのは、手首を骨折した副会長らしいので、脩太的には重傷者もゼロとしたいところなのだが……。
「バレットライナーの車両は代替品があるのでよしとしても、駅は仮復旧まで一週間かかるそうです。弾クン、これ、みんなの恨み買いますよお。夜道には気をつけて。くれぐれも。ホントにね」
どこまでが大槻先生の本心なのか、わからない……だがしかし、多くの人に大迷惑をかけているのは疑いようもない事実だ。
「ところで、きみが入室する予定だった寮の部屋ですが、見事にバレットライナーの破片が直撃しまして、只今リフォーム中です。明日までに私のツテで別の部屋を用意しますから、今日は私の家に泊まっていきなさい。初めて会った間柄でもありませんし、そのあたりは無礼講でいいでしょう」
「え? 僕、先生とどこかでお会いしましたっけ?」
「ははは……いやだなあ、忘れてしまいましたか? 先日、ひいお祖父様のアタッシェケースを届けたじゃありませんか。まぁ、あのときは、この白衣とは真逆のファッションでしたから無理もありませんが」
「え!! あの二人組の男性の!?」
「まさにその二人組のうち、アタッシェケースを渡した背の高いほうが私ですよ。それから弾クン、きみは今、とても恐ろしいことを言いました」
「……?」
「私以外のもう一人は、女性です」
「すみませんせい!!」噛んだ。
「まぁ、このことは、きみの発言記録から抹消して、彼女には伝わらないようにしておきましょう……彼女、怒らせると怖いですからね」
「ということは、もしかして僕は、その女性とまた会う機会が?」
「明日、学校で会います。同じクラスですから」
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