第二章『形代学園の人々』/第07話 棺桶~コフィン~②

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第二章『形代学園の人々』/第07話 棺桶~コフィン~②

「………………」  心音がないことは、とっくにわかっているのだが、脩太の耳はレミーから離れない。 「………………」 「何をしているの?」 「………………」 「私の二つの胸のふくらみに顔をうずめて何をしているの? 脩太」  いつの間にか、横たわったままのレミーが両の目を見開いてジッとこちらを見ていた。 「わーーーーーーーーーーーっ!!」 「それはこっちのセリフよ、脩太」  脩太は、膝の力を使って大きく跳ね退く。 「ちがっ……」  慌てる脩太を華麗にスルーしつつ、レミーは反動をつけずにスーッと上体を起こした。 「ちがってない。あなた今、私の二つの胸のふくらみに顔をうずめていたでしょう?」 「いや……あの……」 「説明して」 「心肺が……停止……」 「心配な亭主? 若奥様なの?」 「いや……」 「冗談よ――それから、これは冗談ではないのだけど、脩太、あなた、弾博士からノートPCを託されていたんじゃないの? 託されていたのではなくて?」 「えっ?」 「うかつね。あのノートPCの資料にきちんと目を通していたなら、バイオニックの基本は理解出来ていたはず。たとえ私が心肺停止していたとしても、驚くには値しないわ。なぜなら私は、エネルギーを得るために酸素を必要としていないのだから。私の全身が、何のために『セルビット』で構成されていると思ってるの? 肺も心臓も血管も、それは人間を模倣するための方便でしかないわ――もちろん、大きく破壊されて大量のセルビットを失えば、私というシステムは活動停止に至るけど」 「あ、そ、そう……なんだ……」 「それに、この棺桶(コフィン)が部屋に運び込まれていることを脩太が知らなかったのは、おそらく大槻喪世彦のイタズラ心だろうと想像は付くけれど、それがイタズラとして成立しているのは――脩太、あなたが、棺桶が何に使われるものなのか知る以前に、その存在すら認識していないと大槻喪世彦に読まれていたからよ。つまり、あなたがまだノートPCを精査していないことを、大槻喪世彦はわかっている――わかっていながら直接の指摘をせず、あなたが自発的に気付くときを待っている、ということよ。それでは全てが水泡に帰すかも知れないというのに」 「何か……意外だ。そんなにたくさん喋るなんて、イメージなかったから」  ずいぶんと悠長な言葉を返す脩太に、さすがのレミーも表情が曇った。正面から見据えたまま、ため息すら漏らしてみせる。 「弾博士はあなたのことをずいぶんと信頼していたけど、この調子では残念としか言いようがないわね。自分亡き後の遺志を、曽孫一人に背負わすことの(ごう)の深さを嘆いておられた弾博士……でも、あなたにはその一%も伝わっていない」 「ちょっと待ってよ、僕だって――!」 「弁解は無用。背負う覚悟を持ったから、あなたは今、この街にいるのでしょう?」  ――そうだった。  あまりにも重い曽祖父からのバトンを受け取るかどうかは、大槻先生と佐菜子が黒服でやってきたあの日以来、ずっと脩太の自由意思で決めることが出来たはずだ。バレットライナー戦のあとにだって、尻尾を巻いて逃げ出すチャンスはいくらでもあった。それを「何となく受け継がなきゃいけないような気がする」という程度の決意と好奇心でなあなあに進めていたのは、誰でもない脩太自身だ。  間違っていた。自分が直面していることの重大さと責任を見誤っていた。  例えば昨日、大槻先生が「生徒会の活動を評価している大人たちがいる」と言ったこと。  生徒会のやり方には全く共感出来ないが、アグレッシブに活動する彼らの支援者が存在するというのは、今なら何となくわかる気がする。  対する脩太は、といえば、大槻先生や佐菜子の存在を知っていながら、自発的に何かを始めるということはしなかった。もしかすると、今日の放課後に佐菜子が催してくれた歓迎ティータイムも、脩太が何か行動するなり発言するなりの時間的猶予をくれていたのかも知れない。そう考えると、恥ずかしさと共に背筋が凍る思いがした。  今なら、まだ取り戻せるだろうか? 「ごめん、レミー――まずは今晩だけでいい、僕に時間をくれないか。それじゃあ足りないかも知れないけど、明日からの僕たちの行動に支障が出ないよう、最低限のことを頭に叩き込んでおくから」  前のめりに提案する脩太を見て、レミーは静かに言葉を返す。 「そう、わかった――じゃあ私はもう寝るから、朝ご飯にチュロスを買ってきておいて」 「え? チュロス? ……いいけど、何でチュロス?」 「通り二つ向こうに『BARたなごころ』という店があって、そこで分けてもらえるから。話はつけてある」  言い終わったそばから、レミーは棺桶の液晶モニタを自分でタッチ操作して、蓋を閉じ始めた。ギシ……ギシ……と乾いた音が響く。  このときになって脩太は初めて、レミーのセーラー服のスカーフが赤色になっていることに気付いた。先ほどの赤と白の予想は、おそらく当たっているのだろう。 「それじゃ、おやすみ、脩太」 「あ、うん……おやすみ、レミー」  脩太の返事と同じタイミングで蓋は閉じ、液晶モニタには『Good night G7』と表示された。  このレミーのあっさりとした退場にも意味があることを、脩太はのちに知ることになる。
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