第一章『黒いJK』/第01話 疾走バレットライナー

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第一章『黒いJK』/第01話 疾走バレットライナー

 車窓に広がるのは日本の原風景。  山あいの新緑と清流は、澄みきった空気の中でより色彩を増し、厭世観にまみれていた脩太の心さえ癒やしてしまう。純白の高速鉄道『バレットライナー』は、そんな空間を時速三〇〇キロでひた走っていた。  ここまで来てよかった、と脩太は思う。  まもなく列車が行き着く先、そして為さねばならないことを考えると、貝のように閉じこもりたくもなったが、それは明白な「逃げ」だと自分に言い聞かせ、車窓の景色へと視線を戻す。  それにしても、何と美しい情景だろうか。脩太は目を見張る。しかしその感動が大きいほど、二〇年前の惨劇――世に言う大災厄『バブルバース』が思い起こされるのだ。    その事件は、世界中で同時多発的に起こった。  街を覆うほどに巨大な「シャボン玉」が、世界各地に出現したのだ。  軍事衛星の観測によると、はじめそれは直径一〇メートルほどの柔らかな光球だったという。だがその直後、一瞬にして数十キロメートルのドーム状に膨張すると、その内側に存在した人類文明の全てを灰じんに帰した。まるでそれは、音も熱も放射線も発しない核爆弾のようでもあった。  急激に膨張した光球は輝きを失い、シャボン玉のようにほぼ透明な薄膜へと相変化していた。その一連の光景から、人々はこの現象を『バブルバース』と名付け、巨大なシャボン玉の一つ一つを『バブリス』と呼ぶようになっていた。  このバブリスが、人類に大きな転換点を与えた。  バブリスの薄膜は、そこを突破しようとする微細な電子回路を焼き切ってしまう性質を備えていたのだ。そのため、バブリスの内外を行き来する際には、二〇世紀末までの枯れた電子機器しか持ち込むことが出来ず、今日に至るまで、公共の交通機関はバレットライナーが開通するのみとなっていた。  バレットライナーは時速三〇〇キロを誇る新世代の高速鉄道だが、その本質は昔ながらの蒸気機関車と変わりない。ハイドロペレットという代替石炭で走り、電装品がバブリスによって破壊されないよう、設計段階からハイテク装備を一切排除している。  無論、そのままでは安全に運用することが困難なため、ハイテク装備の代わりに導入されたのが、人体にナノマシンを付加するサイボーグ技術『サイメタル』を身にまとったプロの機関士たちである。  サイメタルとは、バブリスの出現を機に大きく発展した新技術で、「バブリスの悪影響を受けない」という特性が、その発展を強く後押しした。今や、世界中のバブリスの内側は、サイメタルの研究をおこなう実験都市として復興しており、その経緯もあって、世論は、エコかつ人間の能力の延長であるサイメタルを普及促進すべき――という風潮に傾きつつあった。  脩太の思索が一巡りしたころ、バレットライナーの車体がだしぬけに、ボムッ! と音を立てて収縮し、車窓が一面真っ黒に染まった。  このトンネルを抜けた先に、国内最大のバブリスが待ち構えていて、その内側には目的地である新興都市『二號学区』が発展を遂げている。脩太は区内の『形代学園(かたしろがくえん)』に転入するため、この旅路にあるのだ――そしてその道程の終わりは近い。  しばらくすると、真っ暗な窓外にいくつもの光が流れ始めた。何のことはない、トンネル内部を照らす明かりが高速に流れているだけだが、それはまるで星々のようでもあった。さしずめ銀河鉄道とでも表したいところだが……いやいや、それにしてもこの数はあまりにも多過ぎないか? まさに降るような星だ。  そんな脩太の心情を汲み取ったかのように、すぐそばで女性の声がする。 「気休めの星空だ。ある波長の光を与えていればバブリスの膨張を抑えられるという、根拠のない論文……都市伝説に基づいた、な」  脩太が眺めていた車窓の窓ガラスに、一人の女子生徒が映っていた。いつの間にか対面席に誰かが座っているのだ。出発からここまで脩太一人だったはずなのに……。 「それにしても、景色を眺めるのが好きな男だな。かれこれ一五分は固まっていたぞ」 「え……あの……」  脩太は女子生徒を振り返りながら、もう少しで「誰?」と言うところを何とか飲み込んだ。  そんな脩太の戸惑いを無視して、相手が自ら名乗りを上げる。 「そう怪訝な顔をするな。私は、形代学園の生徒会副会長を務める、能満別彩子(のまんべつさいこ)だ。シンプルに副会長と呼んでくれていい。そしてきみは渦中の人、弾脩太だな? ――わざわざ私が出迎えに来たのだ、到着まで実りのある話をしたいものだな」 「出迎えに? 僕を?」 「きみにはまず、生徒を信頼し、その自主性にまかせた学園の校風に触れて欲しくてな。ここ最近、職員室には招かれざる教師も多い。きみが「訳あり」なのは衆人の知るところだし、教師と同席では話しにくいこともあるだろう」  教師に聞かれてはまずい自主性なんて怪しいものだと脩太は訝しんだが、その感情を悟られないように表情だけは能面を貫いた。それを肯定と捉えたのか、能満別彩子は言葉を続ける。 「弾脩太、単刀直入に言えば、我々生徒会はきみの存在を脅威に感じている。だってそうだろう? きみの曽祖父、弾三十八(はずみさんじゅうはち)博士は、サイメタル技術の礎となった『天人計画(てんじんけいかく)』の第一人者――いや、これは適切な言い方ではなかったな――事実上、お一人で理論を築き上げられたパイオニア、孤高の先駆者だ。その直系の曽孫ともなれば、サイメタルで安寧を享受している者たち全員の関心事と言っても過言ではないだろう」 「過言ですよ」  そっけない脩太に、彩子の眉根がぴくりと動く。 「僕はそんなんじゃないです。曽祖父の、それもずいぶん昔の発明が、今のサイメタルにどう活かされているかなんて知りませんし、その先を見据える見識もありません。僕だって、副会長が言う、サイメタルで安寧を享受している側の人間です」 「そうなのか? ではなぜきみは、サイメタル手術を受けていない? 便利になるぞ」 「それは……適性検査で落ちたからです」 「何と! これは失礼した。だがそれは如何ともしがたいものだ。開発者の血筋と、サイメタルの適性は、話の筋が異なるからな。確かにそういうこともあるだろう」と彩子はわざとらしいほどにかぶりを振る。 「でも、僕自身はサイメタルじゃありませんが、世の中にサイメタルを実装した人たちがいるおかげでたくさんの恩恵を受けています。この列車、バレットライナーだってそうですし――」 「まさに! そうやって二一世紀の人類史は綴られてきたわけだ。その全ての源は、バブリスの内側、二號学区で日々生み出されている」 「……何が言いたいんですか?」 「察しろよ、弾脩太。今さら天人計画などという二〇世紀の遺物を掘り起こされても困るのだ。なぜあの計画が世の中から封殺されたと思う? それがどうしようもなく危うい力だからだ。そんな忌まわしい扉を開く者を、世間では何と呼ぶか知っているだろう? テロリストだよ」
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