第二章『形代学園の人々』/第02話 脩太、初めての登校

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第二章『形代学園の人々』/第02話 脩太、初めての登校

 形代学園(かたしろがくえん)。  日本最大のバブリス都市『二號学区(にごうがっく)』の中心地にある、国立の中高一貫校。  大災厄バブルバースからわずか二年四ヶ月後の一九九九年七月に設立された。  日本でも屈指の「サイメタル・カリキュラム」が特長で、国内外のエリートを多数輩出している名門校である。  卒業後は、ほとんどの生徒がサイメタル技術の従事者となるが、全体の約一割にあたる『適合者(メタリスト)』は、在学中に自分自身をサイメタル化し、研究と実践の両輪を通してサイメタルの深遠に触れていく。その進路は様々で、警察官や自衛隊隊員、傭兵、医師、教師、指圧師、アーティスト、新興宗教の教祖、そして残念ながら凶悪犯罪者など、ジャンルは枚挙に暇がない。  そもそも、サイメタル技術は、旧帝國陸軍による人造歩兵の開発プロジェクト『天人計画(てんじんけいかく)』に端を発する。そこで培われた技術が、のちにハイパー・ナノテクノロジーと融合して爆発的な進化を遂げ、「人体に様々なツールを付加する技術=サイメタル」となって結実したのだ。  サイメタル自体は、金属粒子の一つ一つに超弦動力器(SSリアクター)を内蔵した極小の電池のようなものである。物質とエネルギーの相変化を操ることが可能で、装備した人間のイマジネーションによって特定のツールに変態することが出来る。副会長・能満別彩子の腕がサブマシンガンになったのも、その一例だ。  変態可能なジャンルは多岐にわたり、発端である軍事用をはじめとして、スポーツや芸術、身体障害者のサポート器具としても重用されてきた。また、実際に運用されている事例では、バレットライナーの管制機器などという変わり種もあるが、やはり最も多いジャンルは武装である。  サイメタルによる武装は、あくまで法的には「人間個人の能力の発現」であり、武術家の技能と同じ扱いを受けている。つまり、身につけていること自体は罪にならない。倫理を逸脱して実力行使した場合にのみ、凶器として扱われるのだ。  時に、万能テクノロジーと評されるサイメタルだが、現状では大きな制約が二つあり、それが真の普及を妨げている。  一つ目は、適合者(メタリスト)の割合が、人口の一割程度という点。  二つ目は、イマジネーション出来るツールが、一人一種類が限界であるという点。例えば、副会長・能満別彩子のように、左右の腕で二種類の道具を構築するのは天才と称されるレベルであり、これが三種類以上となると、全世界でも一〇〇例ほどしか報告されていない。  このように、現時点でのサイメタルは「世界を変える技術」と呼ぶには未完成である。  しかし、これらの制約全てが、将来的には克服可能とも言われており、技術的なブレイクスルーが期待されている。         × × ×  脩太が拘留を解かれた翌日――火曜日の朝、二年B組の教室はいつものように賑わっていた。 「えー、今週は担任の草田先生が研修で留守にしていらっしゃるので、昨日に引き続き、HR(ホームルーム)は副担任の私が担当します」と教壇の大槻先生が告げると、「モヨー!」「モヨモヨー!」「モヨース!」などという女子生徒たちの黄色い声が飛び交った。  転入の自己紹介を終えて着席したばかりだった脩太が、『モヨーってなんだ?』と困惑顔で周囲を見回していると、隣の女子生徒が「あは。センセの本名だよ。大槻喪世彦(おおつきもよひこ)っていうんだ」と微笑んだ。栗色のショートヘアがよく似合う、元気で溌剌とした人だ。瞳が大きくてキラキラしているものだから、何だかリスやウサギのような小動物を連想してしまう。  彼女は微笑みを絶やさぬまま、「あたし、千歳佐菜子(せんざいさなこ)。よろしくね脩太君」と右手を差し出してきた。どう考えても握手を求められていると思ったので、同じく右手を出してギュッと応えると、「ウェーイ♪」という冷やかしの声が教室内を飛び交った。これもまた女子の声ばかりだったので、男子諸君は一体何をしているのかと不甲斐なさで見渡すと、クラスに占める男子の割合が二割程度だということにようやく気付く。  女子八割、男子二割。  これは、サイメタルを専門にした学校では、お決まりの男女比率らしい。  サイメタル手術の適合性は、女性のほうが圧倒的に高いと言われている。これは、女性が、子供という「他者」を体内で育てることが出来るのと無関係ではないだろう。 「じゃあ、HRはこれでおしまいです――ああそうだ、誰か昼休みにでも、弾クンに校内を案内してあげてください。そうだなあ、学級委員長にお願いしようかなあ……」  大槻先生がそう言いながら「彼女」の姿を探していると、千歳佐菜子は脩太と握手していた右手をパッと離して挙手した。 「センセ! イエティーは、お家の都合で休みです!」 「おお……っとそうだった。じゃあ副委員長、よろしく頼めるかな?」 「はい! 喜んでー!……じゃ、あとで行こうね、脩太君」  千歳佐菜子がそう言って微笑むと、またも「ウェーイ♪」と女子生徒たちがさえずった。  嬉しいというより、ただただ気恥ずかしい脩太であった。
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