第二章『形代学園の人々』/第03話 学園の怪談

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第二章『形代学園の人々』/第03話 学園の怪談

 そして昼休みである。佐菜子が脩太を真っ先に連れて行ったのは学内食堂だった。  何でも、サイメタルで作り上げた柳刃包丁を持つ「伝説の流れ板」がいて、彼が作るエビチャーハンが絶品らしいのだ。脩太は「それ、包丁あんまり関係ないよね」と思ったが、熱狂的に解説する佐菜子のテンションを下げるわけにもいかず、話に乗っかって二人でエビチャーハンを食べることにした。  パラパラのごはん、ふっくらした玉子、カリッとした食感でアクセントを際立たせるエビの風味。確かにすこぶる美味しかったが、「伝説なのは、あの豪快に振っている中華鍋のほうじゃないかな?」とは、やはり言えない脩太であった。  食後のリラックスタイムにと、二番目に連れて行かれたのは旧校舎の屋上だった。  校内施設の案内で二番目が屋上ってどうなんだろうか? 正しいんだろうか? ――と疑問を隠せない脩太だったが、青い大空を見上げると、太陽光の加減でバブリスの薄膜が見える瞬間があり、ここが巨大なシャボン玉の内側であることを再認識させられたのは収穫だった。  それに、ここからなら、校内のかなりの範囲を見渡すことが出来そうだ。  三番目に連れて行かれたのが、新校舎の三階と四階を結ぶ階段の踊り場だった。先週ここで、花村さんが磯貝くんに告白していたのでビックリしたという。脩太は、花村さんと磯貝くんが誰なのか説明がなかった点にビックリしたし、おそらく踊り場の数だけ恋のドラマがあるんだろうなと、柄にもないことを考えたりした。 「佐菜子さん」  脩太は、意気揚々と四番目のポイントへ向かおうとする佐菜子を呼び止めた。 「ん? どしたの?」 「その……どの場所もそれぞれの味わいがあっていいんですが、形代学園の見学なのに、サイメタルの施設にまだ一つも行ってませんよね?」 「えっ? あっ……あーあー! そっち系ね! あー、その発想はなかったわ!」 「僕は、その思考パターンのほうが興味深いですけど……」  言いながら、周囲を探る脩太。その瞳は、何かを見ているようで見ていない。  そんな彼の表情を覗き込んでいた佐菜子は、「やれやれ……」という感じで肩をすくめるとこう言った。 「どう? いそうな気はするのに、だけど、どこにもいないでしょう?」 「――――!?」  脩太は、佐菜子の真剣な声音と表情に驚いた。先ほどまでとは一八〇度違った物腰、そのあまりにも大人びた雰囲気にドギマギしてしまう。まるで変身だ。 「黒いセーラー服なんて、ブレザーが制服のこの学園じゃ嫌でも目立つし、目立ちまくりだし、いるんならとっくに見かけてるはず……脩太君が焦れったく思ってるのはそんなトコかしら? バレットライナーで見たのは、全て幻だったんだろうか――ってね」 「えっと……」と言ったまま、脩太は二の句が継げない。 「だけど、本当にいないなら、学園の怪談『黒いセーラー服少女』の元ネタは何なのか、逆に不思議だよね」  そう言えば、生徒会副会長の能満別彩子も言っていた。「学園の怪談になっている」と。  佐菜子はポケットから古くさい携帯端末を取り出すと、一枚の写真を表示させて脩太に向ける。 「私は信じてるわ。というより、実際にこの目で見たから――バレットライナーの瓦礫に埋まったきみを助け出す、彼女の姿を」 「これは――!!」  その画面には、瓦礫に半身が埋まった脩太と、その目の前に立つ「金色の光の柱」が写されていた。それがレミーであることは考えるまでもなかった。         × × ×  転入早々、刑事よろしく聞き込み捜査を始めるなんてどうしたものだか――と、脩太は自分自身に呆れた。しかし『黒いセーラー服少女』に対する自分の立ち位置をはっきりさせておかないと、学園生活をどう過ごせばいいのか決めかねるのも確かだ。場合によっては、彼女の姿を求めて、他のバブリスへ行くべきなのかも知れないのだから。  ともかく、学園のみんなが現時点で知っていることを教えてもらおう。  そんな気持ちで集めたのが――刑事風に言えば「足で集めた」のが、次の証言集である。 ◇生徒の証言1 「最初はトイレの花子さんだ! とか言って楽しんでたの。でもある日、服装が黒いセーラー服ってことになって、トイレじゃない場所でも現れるようになって……そんな設定がちょこちょこ増えていった感じ。昔からって? いや、けっこう最近の話だよ――」 ◇生徒の証言2 「あれは、二〇年前の大災厄バブルバースで亡くなった女子高生の地縛霊だよ。あの日消滅した街は、一つや二つじゃないもんね。昔は、ここと同じ場所に高校があって、そこの制服が黒いセーラー服だったらしいし――」 ◇生徒の証言3 「えっ? バブルバースで死んだ子の幽霊? ないない。だってこの場所にあったのって、何かの工場でしょ? それもずいぶん昔に倒産した。まぁ、確かに、近所の高校はセーラー服だったって話だけど、それって布地がデニムのやつだよ? ――」 ◇生徒の証言4 「それって、授業中、誰もいない廊下を歩いてる幽霊でしょ? 教室を一つ一つこっそり覗き込んできて、中の誰かが気付くとメンチ切ってきて、こちらが視線をそらすまでは絶対にゆずらない。E組の子なんか、そのまま授業終わりのチャイムが鳴るまで動けなかったって――」 ◇生徒の証言5 「土曜に旧校舎で見たよ。俺が階段を上ってると、踊り場に黒いセーラー服で立っててさ……どこの生徒だろうと思って声をかけたら、バサバサとたくさんのカラスに分かれて飛んでいったんだ――」 ◇生徒の証言6 「私、自販機の前で見た! 話したこともある! ジュースを飲みたいから一〇〇円貸してって言われて……いや、貸したけど、クラスと名前を聞きそびれちゃって――」  それは寸借詐欺じゃないのか? ◇佐菜子の証言 「もちろん見たよ。最初は気付かなかったけど。双眼鏡を覗いてたら、脩太君のそばに変な光の柱があるなと思って。それで、ライフ――――るーるるる……別のスコープで見てみたら、黒いセーラー服の女の子が立ってた。間違いない」  至るところで生徒たちをつかまえて、「黒いセーラー服少女のことを知らないか?」と訊ねてまわったら、実に玉石混淆で話題には事欠かなかった。しかも、そのうち二割から三割の生徒は、彼女のことを伝聞として知っているのではなく、直接遭遇したエピソードを語ってくれたのだ。それらを重ねれば重ねるほど、彼女は、幽霊だの怪談だのといった不確かな存在ではなく、実在する個人だという確信が深まっていく。これでもし真相が「気のせい」だったりしたなら、きっと学園全体でヒステリーにでもなっているのだろう。  脩太は、有益な情報がたくさん手に入ったと初めこそ浮かれていたが、裏を返せば、「黒いセーラー服少女のことを嗅ぎまわる脩太」という存在を喧伝してまわっている、ということでもある。  情報の足は速い。  その日の放課後には、生徒会の臨時ミーティングが開かれていた。
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