シンデレラの王子様の妹に転生したけど兄が頼りない件について

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 女の子は砂糖とお砂糖とスパイスと素敵なものでできているのよ。 そんな言葉を信じていた女子高生の夏。 私はいじめられて自殺した。  はずだった。 「あらあら、泣かないで、ほうらお兄様のマリオンよ。」 「ねぇ、ママ、コイツ猿みたい。」 「これ!そう言うんじゃありません!」 叱りつける母君としゅんとなる兄。 父君はこの国の王様で古風で意固地なステレオタイプの関白亭主だった。 「おい!いつまで赤ん坊にかまけている! 国政時は隣にマリオンを立たせろと何度も言っているだろ!」 「お、お父様…。」 怯える兄君の手を乱暴に引きずる父。 「お前はこの私の跡を継ぎ、立派な国王になってもらわなければ困るのだ!」 「い、嫌だ。 ぼ、わ、私は森で動物と戯れて…。」 兄君の戯言を吹き飛ばす嵐のように父君は頬を打った。 「アナタ!暴力はおよしになって!」 そういうやりとりを毎日見ながらアタシは育った。    月日は流水のように流れ、アタシも友人よりも政や本に興味を示した。 時には父に意見するようになったが。 「女が政に口出しをするんじゃない。 本を読むならダンスの一つくらい覚えて国政の役に立て。」 聞く耳を持たない父君にため息を漏らす。 兄君はというと。 「ネズミちゃん、ああ愛らしい尻尾だね。」 ドブネズミと戯れ、薔薇を差し出す始末。 「…いい加減に人間の友達とか作ってみたら?」 「何を言う。醜い人間よりも動物や植物の方がずっと美しい。」 恍惚と兄君はドブネズミを愛でている。 「はぁ、そろそろあいつを正気に戻す為に身を固めないとな。」 父は何かをぶつぶつと企て部屋の奥へと消えていった。 それがアタシ達兄妹の運命を大きく左右する出来事につながっているなんて思いもしなかった。    その日は兄の誕生日で私が死んだ日のように暑い夏の日だった。 食事中、いきなり父君が立ち上がり、手を広げた。 「ここに宣言する!我が息子、マリオン王子の花嫁を探す為に世界中の姫君を集めた舞踏会を一週間後に開催する!」 その宣言に母君はフォークを落とし、兄君はパンを落とした。 アタシは食べ終わってしまっていたのでそんなはしたないことはしないが。 父君の宣言は家族全員、いや、この国全土を揺るがす企てだった。 「まっ、待ってくださいお父様、いえ、国王陛下!!」 食堂から去ろうとする父君の腕を兄君が必死で止める。 だがその抵抗も虚しく終わる。 「ええい!鬱陶しい!お前がいつまでもナヨナヨとして煮え切らない態度で国政に参加しないからだろ!」 アタシが生まれた時のように兄君に暴力を振るう父君。 だが、もうアタシは生まれたての赤子ではない。 殴るその手を受け止め、兄君の前へ立つ。 「結婚を望まない人間に無理に結婚させても意味はありません。 それより彼の意見を趣味を尊重すべきでは?」 キッと睨みあげ、父君に意見する。 彼に逆らった事はこれが初めてではない。 「女の癖に生意気な。 裁縫もダンスも何一つできやしない。 お前も国政に役に立たない。 この国はもう俺の代でおしまいだ。 ああ、眩暈がする。 これ、大臣、薬を持て。」 「はい、ただいま。」 ヨロヨロと部屋を出ていく父君とその跡を追う大臣。 まるで猿山の大将と腰巾着だ。 項垂れる兄君とその背を支える母君。 「ママ、私は結婚などしたくありません。 森の動物達と静かに暮らしたいだけなのです。」 まるで悲劇のヒロインだ。 涙を流し、母親に夢を訴える兄君の情け無い姿と言ったらありゃしない。 「そんなに森が好きならこの城をこの国を出ればいい!何故そうしない? 兄君はこの城という温室が心地いいから出たくないだけでしょ!」 叱りつけるように泣き崩れる兄君の胸ぐらを掴む。 「ひぃ!」 「や、やめなさいマルゲレーテ!」 母君が止めに入るがかまやしない。 いつまで経ってもマザコンで動物しか友達のいない根暗な兄君がいけないのは事実だ。 「いい、母君も母君よ。 アタシは他の姫君のようにダンスや刺繍や歌には興味はない。 野山をかける為に馬に乗り、武芸の鍛錬や国政の為に書物を読み漁った。 父君の国政には正直賛同できない! この国はアタシが王座について変える!」 アタシの宣言に召使いや母君までもが怯えた表情で身を震わせる。 「む、無理よ。 この国は男社会で女が政治に介入できるわけないのよ。 どんなに望んだとしても…ね。 だから、マルゲレーテ、あの人の考えに従ってちょうだい。」 母君までも隷属根性で呆れてしまう。 「もういい。お話にならない。」 これ以上この人たちを説得するだけ無駄だと判断して書庫へ向かう。  書庫の一つに素敵な本を見つけた。 兄君のように王位を継ぎたくない息子が 女装をし、結婚を回避するという話。 そうだこれだ! ナヨナヨした兄君に私がなり代わり、兄君はアタシに成り代わる。 そうして舞踏会を回避し、兄君を森へと逃す。 「完璧じゃない! サマンサ!いるのでしょう?来なさい!」 一番の従者である少女を呼びつける。 「はい、サマンサはここに。」 元気な笑顔を見せて駆け寄ってくる。 「もう、埃まみれじゃない。」 彼女の髪を撫で付け、埃をとってやる。 「えへへすみません、姫君。」 「二人だけの時は姫君じゃないでしょサマンサ。」 「ええ、レーテ。 アナタのためなら何でも私はできるわ。 それでアナタの望みは何?」 アタシにだけ忠誠と愛を誓った彼女はゆっくりとかしづく。 「この本に載っているお話のように兄君そっくりにアタシを作り替えてちょうだい。大丈夫、アタシの企てはきっと上手くいくはずよ。」 企てをすっかり彼女の耳元で囁けば悪戯っ子のように笑う。 「ええ、次期女王陛下の仰せのままに。」 メイクは自分でできるが服装は仕立てることができないアタシに変わり、サマンサが作る。 あとはなよっちい兄君を呼びつけこの企てに加担させるだけだ。    舞踏会まであと三日。 いつものように鍛錬を終えて、今回は森に入る。 兄君と口裏を合わせるためだ。 彼はいつもこの先の大樹に寄りかかり、小動物を愛でている筈だ。 「ああ、子供が生まれたんだね。素敵だよ。 君の羽も治ってよかった、ここら辺は野蛮な猟師もいるからね。 ああなんて美しい…。」 まるで酒に酔ってるかのように彼は動物の毛を撫でる。 その興味をつま先分くらい人間にも向けたらいいのに。 そんなことを考えてため息が漏れる。 ピチチチと小鳥たちが飛び立ってしまう。 余程、アタシのため息が森に響いたらしい。 「マルゲレーテ、私を連れ戻しに来たのかい?」 先程のうっとり顔と打って変わり、形の良い眉を歪めてアタシを睨む兄君様。 「御密会中、申し訳ないねぇ兄君。 だが、君も三日後には望まない人間の花嫁を見つけなければならないだろ?」 嫌味ったらしくアタシは気に寄りかかりながら挑発する。 「…何のよう?」 「いやね、アタシもアンタも馬鹿じゃない。 だからこそ有益な交渉をしに来たのさ。」 「…一応、話だけ聞こうか。 話だけだ、乗るかどうかは私が決める。」 乗り気になった兄君の前にあぐらをかいて座る。 はしたないと言われようが関係ない。 ここは王城の外の森なのだから。 腹を割って兄妹で話すのはこれが初めてだ。 普段、ナヨナヨしてた兄貴がここまで真剣に話を聞く姿を初めて見た。 話している途中だが少しだけクスっと笑いが溢れてしまう。 「何がおかしい。」 「いいえ、兄君でもそんな顔をするんだと思いましてね。」 「当たり前だ。 私とこの森と動物たちの幸せがかかっているんだからな!」 無邪気さを含んだ笑顔が眩しい。 「じゃあ載ってくれるんだね? 決行は今夜アタシの部屋に来て。」 合意の上で約束を交わす。 上機嫌で部屋に戻ってきたがアタシの企てに雲行きが怪しくなる。  それは部屋の前に仁王立ちしている母君だった。 「灰被りから聞いたわよ。 何をしているの貴方達、成り代わっても貴方達の運命は変えられないのよ! 男の人はいずれ、やってくる戦争を回避する為に国政を学び、女の人は国のためにお嫁に行くことが幸せなの、わかってちょうだい。」 錆びついた価値観に囚われた哀れな母君。 そんな彼女を押しのけて部屋へと入る。 だがそこにはサマンサはいなかった。 「無駄よマルゲレーテ。灰被りなら地下牢へ入れたわ。 きっとあの子に誑かされたのよね? 大丈夫、私が再教育してあげますからね。」 にっこりと嫌な笑みを浮かべ、部屋に入る母君。  真の敵は父君ではなく、思考停止した母君だと決した。 「もういい。母様のいう事はよーくわかりました。」 「わかってくれるのねマルゲレーテ!」 嬉しそうな声色で駆け寄る彼女の肩を押す。 「残念ですがお母様、ここでお別れです。どうか、お元気で。」 にっこりと笑い、母親の肩を押す。 その足で私にとってのお姫様を救う為にアタシは立ち向かう。 後ろで奇声を発して荒れ狂っている母がいるがかまやしない。  暗く冷たい牢獄にお妃様が私を投獄した。 「汚らしい下女め。 王子と姫を誑かしていること知ってるんだからね。」 私はただ、マルゲレーテ様にもマリオン様にも幸せになって欲しかった。 だから彼女の指示に従って男装用の式典服と女装用のドレスを仕立て上げた。 「何故です、何故なのですか? 私は唯、マルゲレーテ様の指示に従ったまでです! 誑かしてなんていません。」 涙を流しながら無実を訴える。 だが、お妃様は鬼の形相で鉄格子に迫る。 「お黙り!灰被り。 貴女が王様と下女との子供でなければ殺していたのに! きいいい!しきたりが憎いわ! 王族殺しをしたら否応が無しに死刑だなんて馬鹿げている!」 ヒステリックにお妃様は叫んで鉄格子を揺らす。 ああ、哀れな人だ。 王様の愛を一心に受けられなかったからこの人は嫉妬に狂ってしまったんだ。 「…可哀想な人。」 私の呟きは彼女には届かなかった。  サマンサの部屋には衣装が既に完成していた。 後は彼女を助けるだけだ。 地下牢に行く前に管理棟に行く。 「プレメンジャー、地下牢の鍵を渡しなさい。」 管理棟にいる屋敷男を説得する。 「お、おひいさん、それはいけねぇ。 罪人を外に出すなんて。」 「罪人を外に出すんじゃない。 サマンサがお妃様に不当な扱いを受けているんだ。」 「…そのぉ、俺もお妃様には逆らえないだぁ。」 ガクガクと震える彼に対し、アタシは思案する。 アタシが勝手にやった事にすれば彼は咎められまい。 ポケットから金貨を取り出し握らせる。 「いい?屋敷男として姫に買われた哀れな被害者として証言しなさい。 ここの鍵は勝手にアタシがとっていったということに。」 「…ありがてぇ、ありがてぇ。 この御恩は一生を持って奉仕させていただきますだ。」 颯爽と鍵を掴んで出て行く。 目指すは地下牢だ。 「サマンサ!貴女を助けにきた!」 「マルゲレーテ様!来ちゃだめです!」 彼女が叫んだ瞬間、罠が発動して槍が降ってくる。 それを咄嗟に避けるが肩に擦り傷を受ける。 「くっ、妃め。 どこまでも身勝手な人なんだ!」 牢屋の鍵を開けて二人で逃げ出す。 サマンサの部屋にあった衣装は、お妃に見つかったものの何も手をかけなかったのが不幸中の幸いだ。 急いで着替えを済ます。 兄君もそろそろ来る頃だ。 「マルゲレーテ、サマンサ。 遅くなった。」 兄君も揃った事でドレスを着付けてカツラもつける。 幸い、アタシ達兄妹は双子のように顔が似ているのでカツラを被ればわかるまい。 三日後が勝負だとお互いがお互いになりすまして生活することとなった夜。 「素敵ですわ。」 「ありがとう、三日後が楽しみだな兄君。」 「ああ…ええ、そうね。」 互いの声を真似て彼女の部屋を出た。    三日後、使用人や王族の者達に感づかれる事なく日常を過ごしてきた。 今日は兄君(姿は私)の結婚相手を決める舞踏会だ。 色とりどりのドレスが花開く。 その光景はさながら荘厳だが、アタシには退屈している。 こんな民の血税を使ってまで催す物なのか。 父君の考えることは突拍子もない。 アタシは相応しい伴侶はすでに見つけてある。 その伴侶へ贈り物をするために彼女の部屋まで来た。 「サマンサ、居るかい?」 「マル…マリオン様。私はここに。」 一人、寂しげに窓を見つめるアタシだけのお姫様。 彼女の両手を握り、ひざまづく。 「いいかい、よくお聞き。 今から君に魔法をかける。 その魔法でアタシの伴侶となって欲しい。」 「そんな…いけません。 私はただの使用人です。」 目を逸らす彼女に立ち上がり、頬を包む。 「アタシの好きな人を侮辱する気かい?」 「いえ、そのようなことは…。」 「なら、素直にいうことを聞いておくれ。アタシのお姫様。」 そうして彼女を部屋に連れて行き、着飾らせる。 灰や煤まみれだった肌や顔は見違えるほど洗練されていく。 「さ、行こうか。」 「あ、あの、この豪華なドレスにそれにガラスの靴なんて…本当にいいんですか?」 怯える彼女の手を引きいう。 「むしろ君じゃなきゃダメだ。 アタシが選んだ君以外と結婚する気はない。」 そうしてアタシ達はハッピーエンドの道を走り出す。    豪奢な扉を開け放ち、アタシは民衆と王族に宣言した。 「聞け、皆のもの! この私の隣に立つ女性こそ伴侶に相応しい! 今宵の舞踏会は彼女と私の婚礼の祝いの席である! 我が妹であるマルゲレーテの意向を尊重して彼女を森に住まわせようと思う。 反対意見のある者は私の前へ出ろ!」 ざわつく大広間を見渡し王様と妃を見つける。 二人は顔を青ざめふらふらと玉座に倒れ込んだ。 しばらくして誰も意見しない事にほくそ笑み、大臣に指示を出す。 「さあ、舞踏会を続けよ! 次世代の王を祝福せよ! 祝福できぬ者はこの場から立ち去るがいい!」 その高々な指示に皆従い、王様はハッと気がつき私たちの前へ出る。 「認めぬぞ! 何をしている!下女をひっとらえよ!」 だが誰もサマンサを捕らえるものはいなかった。 むしろ新たなる王と王妃を祝福する拍手喝采が巻き起こる。 「ありがとう、ありがとうみんな。 さあ、父君、これでも私の伴侶を追放し、御令嬢との婚約を交わす気かい?」 「ぐぬぬ…わかった、認めよう。」 「あなた!なにを弱きになるのです?!」 状況が読めていないお妃がヒステリックに叫び、サマンサに手を挙げる。 だが彼女の頬が赤く腫れる前にそれを阻止する。 「おいたは感心しないな、お母様。 国王はお疲れのようだ。 皆のもの、彼らを休ませるために寝台を用意せよ。 これは新王である私のお願いだ。 あとは若い我々で楽しむとしよう!」 早々に王様たちにご退場願い、その夜は明け方まで飲めや歌えやの宴会となった。    昔々、この国を変えたたった一人のお姫様がいました。 その姫は情けない王子様の代わりに勇ましくこの国を愛しい人とともに豊かにしました。 その愛しい人の足元にはガラスでできた靴が輝いていたとか。 このお話はここまで。 【THE END】
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