1 真夜中の「預け物」

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 気がつくと、オレは薄暗い洞窟のただ中に立っていた。 「ここは……?」 「お主の村に程近い人食い竜の棲む洞窟に瞬間移動した」  爺さんがいつのまにか手に持っていた杖を掲げる。杖の先に埋め込まれた宝玉が眩しい光を放って洞窟内を照らした。  どこからともなく「ギャゴオオオオオオッ」という大気を震わせる雷鳴のような轟音が響いてくる。それが何者かの咆哮だとわかるのにほんの少しばかり時間が必要だった。 「ま、まさか、今のは竜の鳴き声……⁉」  オレの全身に悪寒と震えが走る。  洞穴の奥に蠢く巨大な何かはその岩の如き頭をもたげると、ウロコの生えた強靭な足を踏み鳴らし、鞭のようにしなる尾を振って近くの岩壁を粉砕した。人食い竜に他ならなかった。しかもかなりのご立腹らしい。  この竜を退治すべく毎年多くの冒険者が村を訪れ、オレの宿に泊まっていくが、生きて帰ってきた者はいまだ一人としていない。おそらく皆仲良くあの腹の中にひと呑みで収められてしまったのだろう。その中には百戦錬磨の戦士や高度な攻撃魔法を操る魔法使いを含めてかなりの猛者もいた。オレはただの宿屋の店主にすぎない。どうやっても勝てる相手じゃない。   「あまり無益な殺生は好まないのだが仕方あるまい……おまえに我が力をほんの少しばかり見せてやろう」  などと魔族の王を名乗る割には平和主義者的なことを(のたま)いつつ、爺さんがオレに赤ん坊を手渡すと手にしていた杖を構えた。赤く燃える瞳を細め、モゴモゴと口の中で何事かを唱える。  刹那、杖の先の宝玉から暗黒の波動が迸り出ると、硬いウロコもなんのその、竜の太い首を一閃。断末魔の叫びをあげる間もなく竜の頭が胴体から切り落とされた。頭を失った胴体もようやく絶命に気づいたように地響きと共に(くずお)れる。 「す、すげえ……」  赤ん坊を手にすっかり腰を抜かしていたオレはあんぐり口を開けてそう声を漏らすのがやっとだった。  不意に赤ん坊がオレの腕の中でむずかり、声を上げて泣き始めた。  その直後に洞窟の奥の壁が爆発するように吹っ飛び、もう一頭の竜が姿を現した。今しがた爺さんが倒した竜よりも一回りでかい。親なのか兄姉なのか、いずれにしても小さい方を殺されて怒り心頭のご様子。 「ほう……もう一頭いたか」  爺さんが余裕の笑みを浮かべつつ再び杖を構える。  竜は素早く体の向きを変えると、尻もちをついたままのオレをひと呑みにしようと大口を開けて迫ってきた。まずは始末しやすい弱者から。見かけによらず賢明な判断をするヤツだ……などと感心している間にも牙を剥きだした大口が迫る。  あ、こりゃ死んだな……。  そう思った瞬間、オレの腕の中から洞窟の天井めがけて闇色の火柱が立ち昇った。赤ん坊がオレの腕の中から宙に浮かび出す。  いつのまにか泣き止み、眠っていた赤ん坊の両目がゆっくりと開いた。その瞳は地獄の業火と呼ぶにふさわしい赤黒い炎を噴き上げる。  パウッという音と閃光が洞窟内を一瞬だけ真昼の如く照らし出し、赤ん坊の瞳から熱線が放たれた。  ほんの少し遅れて耳を(つんざ)く轟音と爆風がオレを吹き飛ばす。  体に降り積もった砂礫を払って体を起こすと、前方を見た。  竜どころか洞窟の壁そのものが穴の奥が見えないほど深くえぐられていた。凄まじい破壊力だった。  その死と破壊をもたらした張本人はというと、親指をしゃぶり、天使のような安らかな寝顔で宙にぷかぷかと浮いている。  好好爺と呼ぶにふさわしいとろけそうな微笑みを浮かべた魔王が手を差し伸べ、赤ん坊をその腕の中に抱く。 「我が子の魔力は私以上だ」  親バカではなく、あくまで客観的事実らしい。 「そ、それは、そのようですね……」  自分でも恥ずかしくなるくらいに声が震え、膝が笑っている。 「これで、我々が魔界の王の一族であることを少しは信じてもらえただろうか?」  オレはブンブンと首を縦に振った。変に逆らってあの人食い竜のように頭と体が瞬時に切り離されたり、跡形もなく消し飛ばされたりしたらかなわない。 「では、具体的な話をするために今一度、お主の宿屋に戻るとしよう」  爺さんが杖を掲げると、その宝玉から闇の渦が噴き出し、オレの体を包んだ。
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