2 そして、10年後

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2 そして、10年後

 オレが父親としてデノンと名づけた魔王の子は王国の城下町に程近い、小さな村の宿屋の倅としてすくすくと成長した。  魔王が倒されて10年という月日が流れた今も、その子孫がまだ世界のどこかで生き残っているという噂は絶えなかった。  その噂を頼りに村を訪れ、オレの宿屋に泊っていく命知らずの冒険者達も相変わらず少なからずいた。 だが、彼等の泊まっている宿屋の息子が実は自分達の追い求める魔王の子だと気づく者は一人としていなかった。  他の子供に比べていくぶん顔色が悪く、瞳の色が赤いことを別にすれば、(多少親バカが入っているかもしれないが)デノンはなかなか笑顔の可愛い宿屋の看板息子に過ぎなかったからだ。  デノンは人付き合いの苦手なオレと違って村の誰からも好かれた。それは他者を服従させ、意のままに操る魔王特有のオーラのなせる業なのかは定かでないが、彼と知り合った誰もが魅せられたように傍に集まり、何かしてやらなくてはいられない気持ちになるらしい。  村人から愛される朗らかな銀髪の美少年というのはもちろん表向きの顔で、オレは裏稼業の盗賊として培ってきた盗みの技術と「金持ちから奪って貧しい者に分け与える」という美学を「我が子」に惜しみなく伝授した。  まだ十歳のガキながら今では立派なオレの盗みの相棒だ。魔王があの日オレに残した「我が子を悪の道へと導け」という遺言とはちょっとズレてる気もするが、デノンが少なくとも清く正しい正義の道とは真逆の人生行路をたどっていることは確かだった。  それでもオレだって人の子だ。  村の広場で無邪気に遊んでいる同い年くらいの子供達を目にする度に、もっとあいつにも他の生き方があるんじゃないかと良心の呵責に苛まれることもないではない。  なぜならデノンは恐ろしい暗黒の力を秘めた魔王の子といっても、性格的にはいたっておとなしく、争い事を好まない心優しい普通の少年だったからだ。あの日、人食い竜を一撃で消滅させた魔力をあいつは今に至るまで一度として発動してはいない。  生まれながらの血の力によって邪悪な魔王が誕生するのではないということがここに証明された。  悪に手を染めるオレが偉そうなことを言う気は毛頭ないが、子育てをすることで、子供が成長するうえで大切なのはなんといっても環境なのだと皮肉にも思い知らされた。育つ環境によって子供は天使にも悪魔にもなる。    そうは言っても、オレにはこういう生き方しかできないのだし、オレの倅として生きるということはつまり堂々とお天道様に顔向け出来るような人間にはなれないということでもあるのだ。
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