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4:心おどる立体世界の落とし穴
たしかにこの部屋はゴージャスな内装ではあるけれど、ちょっといいホテルならありえないほどでもない。
なんなら海外のホテルならあたりまえにあるレベルだし、国内にしたってテーマパークのアソシエイトホテルとかのコンセプトのしっかりとしたところなんかだったら、十分ありえる程度のものだ。
でも背景画像の静止画で見なれたはずの室内も、こうしてリアルな光景として目にするだけで心がおどる。
制作スタッフの詰めていた本社には、それぞれの部屋だの校舎だのといった建物のミニチュアだとかジオラマが、世界観の共有のために作られて置いてあったけど。
それがこうして、リアルな立体で再現されていると思ったらもう、ワクワクが止まらなかった。
ゆるされるなら、今すぐ寮内の探検に出たいくらいだ。
壁にかけられた時計をチラリと見れば、時刻は21時前で、消灯時間まではまだ少しありそうだった。
「よし、ちょっと行ってみるか……」
自分の欲望に正直に、そうつぶやくと自らの格好を確認する。
にわか貴族の男爵家ならいざ知れず、曲がりなりにも公爵家とのつながりもある伯爵家、寮内でしかも寝る前といえども寝間着でうろつくわけにはいかない。
最低限の、良識ある服装でいなくてはいけない。
そう思ったところで、ハッとした。
あぁ、今のはこのからだにある、テイラーとしての記憶にもとづくものだ。
俺としての記憶や常識だけじゃない。
えっ、てことは、よくある転生チートみたいな、ふたり分の知識と記憶があるから内政チートカマせるとかそういうヤツなのか?!
「ステータスオープン、なんちゃって……って、えっ……!?」
女神様からのサービスとかあるのではないかと、なかば期待まじりにつぶやいてみれば、半透明のステータス画面が中空に浮かびあがる。
そこには、たしかにゲームの設定のとおり、攻撃力や防御力、知力、体力、すばやさ、運の良さなんていう個人のステータスがずらりとならんでいた。
でも悲しいかな、俺のそれはびっくりするほど平凡な数値だ。
特殊スキルだって、低レベルな魔法しかない。
「実は隠しステータスになっていたり……とか?」
たしか女神様が、権能がどうとか言っていた気がするし……。
期待を込めてじっとステータス画面を見つめていると、そのうち特殊スキルのところに、『真理を知る者』という文字がうっすらと浮かびあがってきた。
「えーと、なんだそれ?」
まるでこの世のすべてを知る賢者でもあるまいし、俺はただの原作シナリオライターのひとりにすぎない。
強いてあげれば、あのゲームを開発するスタッフのあいだでは、この世界の法則だとかそういうところまで決めたルールの共有はしていたけれど。
なんなら会社の壁にも、打ち出したものが貼り出されてたっけ。
たとえば、この世界は地球とおなじような惑星で、万有引力の法則は変わらないから、重力はおなじように発生している、とか。
この世界の魔法はどうやって発動するのか、とか。
ある意味で、化学だの地学だの、物理だのといった理系の知識がないと苦労するほどの細やかな設定が決められていた。
もちろん俺も、そのひとつひとつをおぼえさせられていた。
……じゃないと、たかがエピソードひとつを書くだけといえども、それらの法則に反したシナリオを書こうものなら、さんざんダメ出しされまくってきたんだ。
それはもう、金科玉条のごとく大事にしてきた法則たちだからこそ、この身にしみついていると言っても過言ではなかった。
そういう意味では、たしかに俺はこのゲームの世界の『真理を知る者』なのかもしれないな……。
まぁ、それはさておき。
なにをするにも、正確な現状の把握をするためにも、実地点検は大事だもんな?
そう言い訳めいたことを、口には出さずに心のなかで思いながら、足取りも軽く部屋を出ていく。
「さて、探索、探索ぅ~♪」
はやる気持ちのままに足をすすめていけば、どこから見ても完ぺきな『星華の刻』の世界観が再現されているのが目に飛び込んでくる。
「うわ、ホンモノだ……!!」
このからだの記憶には、あたりまえのように毎日見ているものとして残っていても、やはり俺としては目新しいし、楽しくて仕方ない。
なんていうか、制作者サイドとすれば、こんなご褒美なかなかないぞ?!
自分の手掛けた仕事の成果が、こんな風にホンモノの世界となって再現されるとか、テンションが爆アゲにならないハズがない!
うっかりしたらスキップでもしてしまいそうな気持ちでいた、そのときのことだった。
「あぁ、キミ、ライムホルン公爵家の子といつもいっしょにいる……」
「え……?あぁ、はい」
腰ぎんちゃくと思われているんだろうなぁ……なんて思いつつ、ふりかえった先にいたのは俺よりも少し年上に見える少年───むしろ青年に近いだろうか?───だった。
「さっきそのライムホルン家の子が、タチの良くない連中といっしょにいるところを見たけど、大丈夫かい?」
「はいっ!?」
なんだよそれ、まさかの悪事に手を染めようとか、そういう話か?
「はやく行ったほうがいいよ、もしかしたら今ごろは彼らにマワされているころかもしれないからね?」
「ありがとうございます……って、えぇっ?」
今、彼はなんて言った??
とっさのことに、あたまが理解を拒否する。
……いや、本当はわかってる。
相手のセリフだって、ちゃんと聞き取れているさ。
彼が口にしたのは、『今ごろは彼らにマワされているころかもしれない』ってことも。
マワされ…って、要はそういうことだよな??
あっーー!!
それ?!
それなのか!??
女神様が言っていた例の『腐った侵食者』!
突然思い出されたそれに、サッと血の気がひいていく。
そんなヤバい展開にしてなるものか!
ここはあくまでも乙女ゲームの世界であって、BLゲームの世界じゃないんだ!!
それに、パレルモのことも放ってはおけないし、なんにしても急がなきゃダメだろ!
身をひるがえして、その見かけたという現場に向かおうとした俺の手首を、その上級生とおぼしき男がつかんだ。
「おや、せっかく重要な情報を教えてあげたというのに、お礼もしないなんてイケナイ子だ」
「っ!?」
そしてそう言うなり、手を引かれたと思った矢先に抱きしめられ、そしてキスされた。
え?
なん……っ!?
はあぁぁぁ??!!
───突然の出来事に、俺のあたまはショートしてしまいそうだった。
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