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6:腐った世界はモブレも標準仕様です
「っ!!」
いや、今の声は!
確認するまでもなかった、まちがいなくパレルモ様の声だ。
「そういえば、こんなところで遊んでいる場合ではなかったね?」
そうだ、ブレイン殿下には、パレルモ様がタチの良くない連中といっしょにいるという目撃証言を受けたばかりだった。
「っ、失礼します!」
いきおいよくあたまを下げると、こちらに壁ドンをするブレイン殿下の腕をくぐり抜けて廊下を走り出す。
今度はもう、止められることはなかった。
とにかく嫌な予感に突き動かされるように、もつれそうになる足で、必死に走る。
不思議なことに、その声がした部屋がどこなのか、迷うことはなかった。
チリッとした感覚が首の後ろにしたところで、目の前にはひとつの部屋のドアが見えていた。
よし、ここだ!
なかば確信めいた気持ちで、木製のドアを押し開く。
どうか無事でいてくれよ、パレルモ様!!
「ご無事ですか、パレルモ様っ!?」
「テイラー!?助けてぇっ!」
なかへ飛び込むと同時に大声をあげた俺に、涙声でパレルモ様がこたえる。
室内には、ベッドをふたつくっつけて作った大きなそれがあり、その上に押し倒されているパレルモ様の姿がとっさに目に飛び込んできた。
もちろんその服は引き裂かれて、大きくはだけ、真っ白い肌が露出している。
見るからに、襲われていたって姿だ。
その姿を見た瞬間、カッとあたまに血がのぼる。
「今すぐその汚い手を離せっ!!」
ひとまず上にのしかかる男を、思いっきり魔力を込めて強化した右手で殴り飛ばしたところで、パレルモ様を背後にかばいながら周囲に牽制をかける。
さすがに貴族仕様のベッドはスプリングが利いていて、めちゃくちゃ不安定だったけれど、どうにか体勢を保つ。
ここにいる敵は、いったい何人いるんだ!?
とっさに室内を見まわせば、ほかにも品のなさそうな男たちが何人も集っているのが見えた。
仲間が殴り倒されたというのに、こちらに飛びかかってくるでもなく、ニヤニヤと笑うばかりなのが薄気味悪い。
それになんだろうか、やけに甘ったるい匂いが室内に立ちこめている。
部屋の主とおぼしき男たちは、どう見てもフレグランスを置くようなタイプには見えないだけに、どうせロクでもないモノにちがいないけれど。
「お前ら、パレルモ様に手を出すとは、どういう了見だ!?」
場合によっては、ライムホルン公爵家を敵にまわすようなものなんだぞ?!
なにより、本人の性格的に黙ってヤラれるタイプじゃないだろ!
絶対に相手の弱みをにぎって、一生逆らえない奴隷にするくらいのことをやってのけるのが、原作のパレルモ・ポット・ライムホルンだぞ?!
お前ら、命が惜しくないのかよ??
───そう思っていたのに、どうにも背後の様子がおかしい。
「テイラー!ボク、とっても怖かったよぉ……っ!!」
鼻をすするような音とともに、背後からぎゅっとしがみつかれた。
え……?
演技、じゃないよな……?
最初に思ったのは、それだった。
いや、だって、原作のゲームでの彼はかわいらしいその見た目とはちがって、めちゃくちゃやることが悪辣だった。
たとえば彼はヒロインに一目惚れするけれど、自分に興味をもってもらうためとはいえ、ゴロツキを雇ってヒロインを襲わせたりする。
そこに登場して『カッコよく救うオレ』みたいな演出をしようとするし、なによりライバルを蹴落とすために、そのゴロツキたちに首謀者はこの国の第三王子のリオン・ペッパー・スコヴィル様だと偽証させようとする。
まぁ、そのリオン様は、いわゆるいちばんメインの攻略対象なんだけど。
ふつうにかんがえたら、ただの公爵家の子息が偽証しろと言ったって、いくらお金を積まれても相手がこの国の王子様ともなれば、ゴロツキどもだって受けるハズがない。
けれどそこには、パレルモが相手を絶対服従させる闇の禁断魔法を使ったからという裏設定があった。
その闇魔法こそ、ライムホルン公爵家の嫡男にだけ伝わる秘伝の術だとかなんだとかっていう設定だった。
うん、俺の担当するキャラではなかったから、あまりくわしくは裏の設定資料集を見ていなかったけれど、それくらいならおぼえている。
いずれにしても原作のパレルモは、ライバルを蹴落とすためにヒロインまで巻き込んで、人を服従させる闇魔法を使ってまで策略をめぐらすという、マジでロクでもないヤツだったことは言うまでもない。
でも、だからこそ違和感をおぼえた。
その魔法があるなら、コイツらだって指一本触れさせずに撃退することも可能だったのでは……と。
それなのに、今俺の後ろでふるえているだけの、か弱い少年はいったいだれなんだろうか?
「パレルモ様……?」
「なぁに?」
目にいっぱいの涙を浮かべた幼い顔立ちの美少年が、小首をかしげてこちらを見上げてくる。
うわ、なんだこの生き物、めちゃくちゃかわいいぞ?!!
その姿を目にした瞬間、一瞬にしてほだされそうになる。
うん、仕方ない、こんなにかわいかったら思わず襲いたくなるよね?
思わずこの部屋にいるヤツらに同情しそうになったそのとき、ふたたびチリッとした感覚が首の後ろに走った。
───いや、ちょっと待て。
今俺は、なにをかんがえていた?
パレルモ様がかわいいから、襲われても仕方ない、だって??
おかしいだろ、思いっきり!!
そう感じたとたん、スゥッとあたまが冷えていく。
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