68:甘やかしモードはまだ終わらない

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68:甘やかしモードはまだ終わらない

 結局、本当になにもされなかった。  いや、別にそれは不満でもなんでもなくて、むしろよろこばしいことのはずなのに……妙に気はずかしくてたまらない。  しかも、なぜかブレイン殿下の手ずから、からだどころか髪まで洗われて、もういたたまれないなんてモンじゃなかった。  そりゃ、これでも俺だって貴族の一員なのだから、付き人に洗われることくらい日常的に体験しているけれど。  でも、それとこれとは別ものだろ!  だって相手は王族、この国の第二王子様ときた日には、身分がちがいすぎる。  こっちが相手のお世話をするならいざ知れず、そんなことをされるだなんて申しわけなさすぎて、どこにあやまったらいいのかわからないくらいだ。  さすがに湯あがりのあれこれと、仕上げは付き人たちがやってくれたけど、それにしたって上にも下にも置かないほどのいきおいで丁重にあつかわれ、とまどってしまう。  用意されていた服は、あの日俺が着ていたものだ。  そっか、そういえばこっちが翌朝借りたブレイン殿下の制服を持ったままってことは、あの日に俺が着ていた服はこっちにあるってことだもんな?  けれど、どういう仕上げをすればそうなるのか、おなじものとは思えないほど肌ざわりがよくなっている気がする。  ……って、これ、よく見るとちがう生地じゃねーの??  俺があの日に着ていた服は、たしかにこんなデザインだったかもしれないけれど、こんなふうに素材自体のキメは細かくなかった気がする。 「あの、この服……」 「あぁうん、キミの服だよ」  どういうマジックかと、相手の顔をじっと見つめれば、しかし飄々としたこたえがかえってくるばかりだった。 「いやいや、これ、ちがいますよね?だって生地が全然ちがいますし!」 「うん、だからキミのために用意した服だね」  あわてて詰め寄れば、にこにこと笑顔のままにかえされた。 「せっかくキミのためにあつらえさせた服だ、すなおに受け取ってくれないか?今さら返品されても、私では着られないしね」 「なんでこんなこと……」  だいたい、ブレイン殿下から服を贈られる理由が思いつかない。  それにこの世界でこの人と関係を持ったのは、あの日がはじめてだったから、もし作ったとすればこの数日のうちにということになる。  でもこの世界には、電動ミシンなんてない。  つまりは手縫いということになるけれど、どれだけ急かしたら、こんなにすばやく作れるのだろうか? 「愛しい恋人に贈りものをするのに、理由なんているかい?」 「だってそれは……っ!」  あくまでも作戦遂行上のために、フリをしているだけのいつわりの恋人なのに? 「……私はね、自分の恋人は存分に甘やかしてあげたいと思うタイプでね?」  ───つまりは、そういう設定を守るためということなんだろうか?  だからブレイン殿下からの贈りもののひとつも持っていなければ、それを知る周囲の人たちからうたがわれてしまうから。 「わかりました、ありがたく拝領いたします。ですが、代わりになにかこちらからも贈らせてください」 「おや、贈りものの交換か。それは楽しそうだね」  楽しそうに笑うブレイン殿下は、はじめて年相応に見えた。 「ちなみに、欲しいものとかありますか?」  たぶん実家の商会の力を頼れば、たいていのものは手に入るし、どうにかなるだろうと思ってたずねれば、相手の口もとが三日月型になる。 「そうだね……私の力をもってしてもなかなか手に入らないものがあってね」 「え……?そんなもの、あるんですか?」  この世界の王族にあたえられた特権は、かなり大きい。  だからたいていのものは、望めば手に入るはずなのに。 「キミ、だよ」  すぅっと、こちらのくちびるを指先でなぞられながら言われる。  キミ?  キミって、俺ってこと……? 「~~~っ、だから!そういうことを言ってるんじゃありませんっ!!」  言われたセリフの意味が染みるころには、もうほっぺたが熱くてたまらなかった。  もう、どうしてそういう冗談ばっかり言うんだろうか!?  俺みたいなモブをからかう必要なんて、ないだろうに。  だって、ここには俺たちのほかにはブレイン殿下の付き人しかいないのに。  そんなところでも、演技をする必要なんてあるのか?  まぁ、ふだんから演じなれてなければ、とっさの対応にとまどうってこともなくはないし、念には念を入れているだけかもしれないけれどさ。  でも、調子が狂う。  俺にとってのブレイン殿下というのは、『星華の刻』のキャラクターイメージがあるせいで、どうしても腹黒知性派キャラクターという思い込みがある。  だからこうも甘い顔を見せられると、おまえはだれだ状態になってしまうというか。 「恐れ入ります、殿下、合わせるアクセサリーはこちらでいかがでしょうか?」  そこへ付き人のひとりが、そっとクッション材付きのお盆のようなものを手に声をかけてきた。  その上に乗っていたのは、カフスボタンとピアスだった。 「いいね、さりげない色づかいだ」  ブレイン殿下が褒めるとおり、そのカフスボタンはシルバーっぽい金属のベースに、ブレイン殿下の印が浮き彫りにされていて、そこの周囲に七宝みたいにガラスで色がついている。  色は当然のように、ブレイン殿下のカラーの紫だ。  それも濃いめの紫を差し色に、全体的には淡い紫で彩られていて、上品な仕上がりだった。  パーティーでもないなら、色をつけるのに、宝石である必要なんてないもんな?  そしてピアスのほうは、小さめの紫の宝石だけのシンプルなものだ。  それこそ、日常づかいに向いてそうというか、ジャマにならなさそうなサイズ感で、こちらも品がいい。  さすがは王家に仕える付き人だ、そういうセンスもいいんだな……なんて思っていたら。 「では、失礼いたします」 「え……あのっ??」  腕を取られたのは、なぜか俺のほうだった。
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