8:見知らぬ『お薬』が危険すぎる

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8:見知らぬ『お薬』が危険すぎる

 もはや一秒たりとも、こんなところにはいられない。  まわりがぼんやりしてくれている、今のうちに逃げ出すのが得策だ。  イラつきそうになるのをこらえ、背中にしがみつくパレルモ様をふりかえる。 「おい、ちょっと待てよ!」  だけど声をかけようとしたところで、最初に俺が殴り飛ばしていた相手が、ゆらりとベッドの横に立ち上がった。  む、コイツはちょっと面倒だな……。  あいかわらずパレルモ様には背後から抱きつかれた状態ではあるし、なによりベッドの上では安定感に欠くし、足場としては最悪だ。  ここでの立ちまわりを演じるとなれば、人数差もかんがえると圧倒的に不利になるのは目に見えていた。  非があるのは相手のほうではあるけれど、こちらが手を上げたのもたしかだし。  曲がりなりにも貴族学校の生徒なんだ、名誉がどうとか言い出したら、決闘を申し込まれるとかもあるかもしれない。  そうなれば、たぶん俺はそんなに強くないし、面倒なことになる予感しかないぞ?  ……なんて思っていた俺は、どうやらまだこの世界の改変にたいする認識が甘かったようだ。  立ち上がったばかりの生徒は、ニヤリと歯をむき出しにして笑った。 「なに、威勢がいいのも今のうちだけだ。そろそろテメェにも『()()』が効いてくる時間だろ?」 「そうそう、オレらにすれば便利な()が増えただけだしな。かわいいぼっちゃんを守りたけりゃ、その分テメェが相手しろよ?」 「なにを……っ?!」  とたんにカクリ、とひざが抜けた。  え、いや、なんだこれ……?!  ドクドクと、やけに心臓の音が大きく響いて聞こえる。 「テイラーッ?!」 「っ、なんだよ……これ……??」  からだが、熱い。  それにめまいもひどくて、ひざをついた状態ですら、キープすることもできなくて……。  倒れ込んだベッドのスプリングがゆれるのでさえも、気持ち悪くなりそうだった。  マジでなんなんだよ、これ?!  俺の名前を呼ぶパレルモ様の声も、一斉に笑い声をあげるヤツらの声も、遠くに聞こえる。  かんがえられるのは、さっきから鼻についていたあの甘い匂い。  どうせロクなモンじゃないとは思っていたけれど、マジでヤバい薬物だったとか、そういうオチなんだろうか?  あぁ、マズイ、せめてパレルモ様だけでも逃がさなければ……!  じゃなければ、俺の首が物理で飛ぶ。 『うちのかわいい天使ちゃんに、指一本でも触れさせたら命はないと思え』  なんて親バカ全開にして、よからぬ輩からの保護を丸投げしてきたライムホルン公爵の姿が思い出される。  あぁそうだ、こんな記憶、世界が改変されていればこそのものだ。  なにが『天使ちゃん』だ、そう思うなら危機感のひとつも持てるような教育をしとけよ、バカヤロー!!  なんなんだよ、この周辺人物までふくめたゆるキャラ化な改変は!?  そうしているうちにも、最初に殴り飛ばしたヤツ以外の、室内にたむろしていただけの輩が、さっきまでの緩慢な動きとはちがう機敏な動きでベッドの上へとあがってくる。 「っ!」  そのたびにゆれるスプリングに、吐き気すらこみあげてきそうだった。 「おー、こっちのほうはよく効いてんじゃね?」 「いやー、この『魅了香(チャーム・パフューム)』かなり高かったから、効かなかったらどうしてくれようかと思ったぜ」 「ホント、ホント!こっちの天使ちゃんは全然効いてくれないんだもんな~!まぁ、全然力の差で押し倒せるけど」  下卑た笑い声が、そのセリフにかぶる。  ……あぁ、不快だ。  わずかなゆれすら気持ち悪いのに、さらにその下品な笑い声が気持ち悪くて仕方ない。 「「「じゃ、さっそくいただきますか!」」」 「や、め……っ!」  いつのまにか元気そうに群がってきているヤツらが、こちらの服に手をかけてくる。  その手を止めたくても、全然力が入らない。  なんならほぼ無抵抗のままで、シャツのボタンがはずされていく。  まだパレルモ様とちがって、シャツが引き裂かれていないだけマシなんだろうか? 「んっ……!」  でも正直なところ、そのボタンをはずす際のわずかな衣ずれでさえも、今の俺にとってはすぎた刺激に感じられた。  おかしい、勝手にからだがビクついてハネる。  そんな俺の姿を前に、わかりやすくツバを飲み込むヤツらに怒りがこみ上げてくる。  なんなんだよ、これ?!  だいたい『魅了香(チャーム・パフューム)』とかいって、聞いたことない名称なんだが?!  まさかの『改変者オリジナル薬物』とか言うんじゃないだろうな? 「へへっ、最初はこっちの『魅了香抵抗薬(アンチ・チャーム・ドラッグ)』を飲んだときはまったく動けねぇし、やべぇニセモノつかまされたと思ったけどよ」 「あぁ、それな!でも、これくらいのダルさがなきゃ、とっくに善くなりすぎて果ててたかもな!」 「たしかに!見ろよコイツ、ガンギマってんじゃね?」  クソ、耳鳴りがわんわん響いて止まらない。  それにさっきからからだが熱くて、息をするのでさえも苦しくてたまらなかった。 「~~~~~っ!!」  なのにコイツらときたら、遠慮もなしにからだをまさぐってくる。  つーか、ふざけんじゃねぇ!!  なんで俺まで巻き込まれてるんだよ?!  こちとら、たんなるモブだぞ!?  モブがモブにヤラれるとか、だれが楽しいんだっつーの!!  そもそもモブレっつーのは、スケベなことをされて乱れる推しキャラクターが見たいだけで、別に竿役に属性や個性なんていらないっていうときにこそ必要なネタだろーが!  それこそがモブレの極意なんじゃないのか!?  ───つまり、乱れた姿を見たい子を受けにするためのツールだろ?  ならば俺のようなモブが、モブレされても意味ないじゃん!!  そんなつまらないシナリオ、だれが許可するかぁっ!!  思わず心のなかでそんな悪態をついた瞬間。 『世界創造者(ワールドクリエイター)権限を確認しました。シナリオ改変、却下の要求を受諾。修正命令(リテイクオーダー)、発動します』  まるで機械で合成したような、無機質な声がその場に響きわたった。
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