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アイドルとの内緒の恋愛
秋衛(アキエ)は度々女子と間違われることのある自分の名前が嫌いだった。 だが何度となく秋を迎えることで悪くないかとも思ってきている。
そんな自分の名前を完全に好きになることになる15回目の秋が始まろうとしていた。
「秋衛ー。 ちょっと街へ行ってお使いを頼まれてくれるー?」
「はぁ? 嫌だよ、自分で行けよ」
少しばかり黄昏つつ歩く帰路、それも家に帰るや否やのお使いの依頼でぶち壊された。
「お願いよー。 予約していたエレガントなお洋服を取りにいってくれるだけでいいから!」
「エレガントって、いい歳して何を言ってんだ!」
「歳は関係ないでしょ! 女はいつだって美しくありたいものなのよ。 ほら、秋衛は部活に入っていないから暇でしょ? お小遣いをあげるから早く行った行った!」
そう言われエコバッグなのか派手な柄のビニールカバンと駄賃となる2000円を押し付けられた。 交通費も込みのため、それを差し引くと500円くらいの手取り。 正直割には合わない。
―――まぁ、本当に暇だしお金をくれるならいいけどさ・・・。
秋衛が住んでいるのは東京の郊外である。 都会でもなく田舎でもないくらいが丁度好きだった。 受取先の○○区まで電車で揺られて一時間。
―――都会は人が多くて酔うんだよな。
周囲を見渡してみればあちこちに人。 大きなモニターには最近人気急上昇中のソロアイドル、シャナの歌って踊る姿が映し出されていた。
―――あのアイドルのシャナって、最近バラエティやドラマにも出ているから凄いよな。
―――確か俺と同い年だったはずなのに。
もっともあまりアイドルに興味のない秋衛は特に立ち止まることなく母に頼まれた高級店へとやってきた。
「って、こんなところなのかよ。 何か俺、場違いな気がして入りにくい・・・」
どう見ても女性もの専用で服が売られている場所だ。 心の中で母親にしこたま文句をぶちまけると覚悟を決め店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
店員は場違いな秋衛も普通に出迎えてくれる。 そのままレジへと向かった。
「母が頼んでいたエレガントな服を受け取りにきたんですが・・・」
「ふふ、少々お待ちくださいね」
手続きを終わらせると店員は離れていった。 その間暇だったため店内を見渡してみる。 母が服を買ったとは言うが、女性もの専門店というだけで、別に婦人用だけを置いているわけではなかった。
―――こういうのっていくらくらいするんだ・・・?
何気なく値札を取ってみると、表示されてる値段に驚く。
―――48000円って・・・!
―――母さん、こんなところで買って父さんは知ってんのか?
店内キラキラと輝いていて高級ものだからか客はあまりいない。 そんな時店の扉が開いた。
「・・・あ」
その女子に見覚えがあった。
―――あの子って俺と同じ学年にいる御子先世羅(ミコサキセラ)だよな?
いつも学校では丸眼鏡をかけ三つ編みをして暗い雰囲気を放っている。 今も地味な服に丸眼鏡で、髪は解いていて三つ編みの跡が残りウェーブ状になっていた。
―――・・・つか、どうしてマスク?
あまりの怪しさに目で追ってしまう。 そもそも学生が来るような店とは思えない。 もし何か買うとしたらそのお金の出どころが妙に気になってしまう。
―――まさか、そんなわけがないよな・・・。
世羅は迷うことなく服を手に取ると、そのままクローゼットへと入っていった。
―――実は超ギャルになって出てきて、そこらへんのおっさんたちをパパとか呼んで手玉に取っていたり・・・?
「お待たせしましたー」
どんな格好で出てくるのか待っているうちに、店員がドレスを持ってやってきてしまった。
「あ、はい」
会計は以前母が買った時に済ませているため受け取るだけだ。 ただ念のためということで代理人の確認をする必要があった。 その時隣のレジに誰かが来る気配がした。
見るとそこには世羅――――ではなく、先程野外モニターで見たばかりであるアイドルのシャナが立っていたのだ。
「え? 御子先・・・?」
その声に世羅は秋衛を見る。 やはり他人の空似ではなく本人のようで驚いていた。
「加藤くん・・・ッ!?」
どうやら名前は憶えられていたみたいだ。 会計を済ますと世羅に手を引かれ店の裏へと出た。
「どうしてこんなところにいるの!?」
「いや、たまたま親にお使いを頼まれて・・・」
「・・・」
「シャナ・・・。 いや、御子先だよな・・・?」
恐る恐る尋ねると世羅は涙目になって言った。
「私のこと、秘密にしてくれる?」
どうやら有名アイドルであることを公にはしたくないらしい。 確かに学校で彼女がアイドルなんていう話は聞いたことがなかった。
「・・・分かった。 だけど秘密にしたいなら、どうして着替えたんだ?」
もしこの後に仕事があるのだとしても衣装くらいテレビ局にあるだろう。 わざわざこんなところで、しかも買ってまで着飾った理由を知りたかった。
「えぇと、別にそんなに深い理由があるわけじゃないんだけど・・・」
「言いにくいなら」
「あ、大丈夫! テレビでよく私服チェックみたいなのがあるでしょ? 今日、その撮影に急遽入れてくれたとかで」
「なるほど、そういうことか! 俺はファッションとかそんなに分からない方だけど、素直に似合っていると思うよ。 いい評価がもらえるといいな」
「ありがとう!」
世羅はあまり時間がないらしくそれ以上話すことはなかった。 ちなみにその放送はかなり先の話になるのだが、期待しながら見ていたにも関わらずなかなかの酷評を受けていてがっかりしたのは内緒である。
世羅の秘密を知りここから秋衛の秘密の生活が始まるのだ。
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