山陰・山口編

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山陰・山口編

八月十七日 国道二十七号、国道百七十五号、国道百七十八号を西に進み、宮津(天橋立(あまのはしだて))へ行きます。 天橋立は、京都府北部の宮津湾にある日本三景のひとつです。 京都府に入ると、コンビニで商品を買ったとき「おおきに」と、あいさつしてもらいました。 旅も中盤、いよいよ京都府に来たと感慨深いものがありました。 この日は三十度を越える暑さだったので、天橋立で海水浴をします。 砂浜や近くに生い茂る松、青い海とのコントラストが美しくとても素敵なところです。 自転車から降りてリフレッシュすることが出来て、気持ちの良い海水浴でした。 八月十八日 国道三百十二号、国道百七十八号、国道九号を西に進み、鳥取へ行きます。 鳥取は、鳥取県の県庁所在地です。 現在は架け変えられてしまいましたが、当時の余部(あまるべ)鉄橋をくぐります。 金属製の見ごたえのある橋です。 明治末期に東洋一の橋りょうとして建設され、また適切な補修により一世紀にわたりほぼ建設当時の姿を残した貴重な土木遺産でした。 四十メートルもの高さに線路が通っている圧巻の場所でした。 その後、鳥取県に入ります。6e0db993-5f26-4ea5-9a04-9d1eebd5defd 夕方、鳥取砂丘を見ます。 56779661-8196-4ba6-847a-1c650b48033b 目の前には広大な砂漠が広がります。 オアシスのように水が張っているところもあり、夕陽に砂が映えてとても美しい景色でした。 自然を感じる絶景で、日本にいながら異国にいるような気持ちになりました。 八月十九日 国道九号を西に進み、松江へ行きます。 松江は、島根県の県庁所在地です。 途中、八パーセントの長い上り坂がありました。 これはきつかったです。 クロスバイクの二十一段ギヤを軽い方から三つ目まで落とします。 水翔のクロスバイクの軽い方から三つ目のギヤでは、ペダル一回転で歩幅より短い距離しか進みません。 苦労して体力を奪われながらも坂を抜け、松江の街に入ります。 松江は、宍道(しんじ)湖畔にひらけた美しい街です。 八月二十日 国道九号を南西に進み、浜田へ行きます。 浜田は、島根県西部にある日本海に面した街です。 昼食を食べるため、レストランの駐車場に入ります。 そこで、驚くべきものを見つけました。 ツーリングの荷物を積んでいる二台のママチャリです。 レストランの中に入り、それらしいふたり組を見つけて、ジョンと一緒に話をします。 ふたりは、僕らとは反対方向に旅をしていて、一日四十キロが限界だと話してくれました。 やはり、ママチャリツーリングはつらそうでした。 八月二十一日 国道九号、国道百九十一号を南西に進み、(はぎ)へ行きます。 萩は、山口県北部の日本海に面した街です。 途中、益田まではアップダウンが非常に多かったです。 おそらく登坂車線通過数過去最高だと思います。 急な上り坂では、車の馬力や積載量により登る速度が違います。 そこで、左側に一車線増やしたものが登坂車線です。(ゆずり車線とも言います) そんな急勾配を繰り返し通過して、歴史を感じさせる街、萩に到着します。 ここで、ジョンと別れます。 理由は、ジョンの留学の期限がせまっていて急ぐからでした。 水翔の体力では普段スポーツクラブに通っているジョンにはとてもかないません。 ジョンは、 「とても楽しかったし、また必ず会おう」 と言ってくれました。 水翔は、 「そんなに深刻なことじゃないよ」 と気恥ずかしくて言葉を濁してしまいます。 今から考えれば、感情的にもおおらかな外国人と、そうではない水翔の差が出たのだと思います。 このときは分からなかったのですが、日本縦断後、水翔はジョンと何度も再会することになります。 さて、ジョンと別れたあと、萩市内を少し観光します。 川の中洲に栄えている街で、城下町の風景が今も残っている歴史を感じさせるところです。 城跡の城壁のわきがキャンプ場になっていました。 眼前には波打ち際が広がっていました。 夜は、静かな波の音を聞きながら眠ります。 八月二十二日 国道百九十一号、県道、国道四百三十五号、県道、国道二号を南西に進み、下関に行きます。 下関は、山口県西部の本州最西端にある街です。 午前中はカルスト大地の秋吉台(あきよしだい)までほとんど上り坂できつかったです。 三時間近くかかってようやくカルスト大地を見ることが出来ました。 ところどころに大小の窪地がある緑の大地です。 川は一本も見あたりません。 なぜなら、全ての降雨はその窪地から地下水に注がれるからです。 さて、今回の旅でもっとも楽しみにしていた秋芳洞(あきよしどう)に入ります。 秋芳洞は、日本最大規模の鍾乳洞です。 入り口までは、みやげ物屋が軒を連ねています。 たくさんの種類の化石が三百円ほどから売られていることに驚きました。 秋芳洞の中はとても涼しく、汗が冷えて風邪を引きそうになります。 地下水の流れる川沿いにルートがとられていて、神秘的な鍾乳洞でした。 印象に残っているのは「千枚皿」と呼ばれるもので、手前側に下がるたくさんの段差があり、それが大小の多数の皿のようなものに区切られています。 秋芳洞を出て小月(おづき)に向かいます。 小月からは山陽側で、国道の交通量が多かったです。 下関まで走ると、対岸の九州が見えました。 もうここまで来たか、この旅もあと一週間ほどで終わってしまうのか、早いものだなと思います。 嬉しい気持ちとさびしい気持ちが同居していました。 次回、九州・事後編です。
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