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鹿ノ倉恵一の乗ったバスは、定刻の午前八時三十二分に胡屋十字路に着いた。
バスを降りると街はすでに熱気に包まれ、眩しい青空には入道雲が立っている。今日も暑い一日になると思った。
不動産屋が開くまで時間があるので、先に銀行に寄りATMで一か月分の生活費を降ろした。銀行を出て南の欅通りに向かう。
通りは背の高い欅が並び、濃い陰が歩道を覆っていた。風は正面からの心地良い向い風で汗も少し引く感じだった。頭上からは賑やかな蝉の声が落ちて来て、恵一の耳の奥で耳鳴りと重なる。思わず顔を顰めた。不思議と、暑い日のなると耳鳴りが酷くなる。
十分ほど歩く。汗をハンドタオルで拭いながらさらに歩く。欅の木が途絶え、空が広く見える手前の枝越しに三階建てのビルが見えた。『キングハウジング』と書かれた看板もビルの側面に見える。八年前に初めて訪れてから何も変わらぬ看板と店構えだった。腕時計を見る。九時を回っていた。
ガラス戸を押して店内に入ると、何時もの顔が揃っていた。ピンクの花柄のシャツを着た女性店員が二人と、同じ柄の青いシャツの中年男と若い男、そして一人だけ派手な原色のシャツを着た社長の金城が奥に見えた。
金城は電話をしていたが、入口に立つ恵一を認めるとペコリと頭を下げた。
何時ものようにパーテイションで囲われたソファーに通され、金城を待つ。
栗色に髪を染めた店員が丈の短いスカートで麦茶を持ってくる。女の化粧には疎い恵一だが、茶髪と目元の化粧は吊り合わないと思った。二十歳そこそこの娘だと思うが、そら豆みたいな顔にいつもの造り笑いを浮かべている。これも、金城社長の社員教育の一つなのだろう。
恵一は麦茶を一気に飲み干した。
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