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 電話を終えた金城がパーテイションを廻って恵一の前に座る。恵一より五つほど年下の色黒で丸顔の男だ。 「てっきり、何処かに取材に行っていると思っていましたよ。二ヶ月も島に居るなんて鹿ノ倉さんにしては珍しいですね」 「(こと)われない書き物があってね。もう少しで終わりそうなんで、取りあえず出て来た。この間の電話、時間が無いんだろう?」 「えぇ、そうなんです。忙しいところをすいません。助かります」 「その前に、もう一杯貰おう。熱くなる前に一便で島を出て来たが、この暑さは堪えるよ」 「いいですよ。アキコ、麦茶を大きなグラスで持ってきてくれ」と、パーテイションの上に向かって声を掛けた。そして恵一に向き直ると、「天気予報では、三十八度を超えると言っていました。七月になったばかりだと云うのにこれじゃあ先が思いやられますね。で、早速なんですが、契約書はあくまで交渉用の物だと思ってください」と、最後は改まった口調で言った。 「うん。拝見するよ」  クリアファイルを金城から受け取り、中の契約書を手に取る。 「先方が『売る』と言わない限り、これは役に立ちません。でも、やっぱり送ろうと思います。何もしないとこっちが諦めたと思われちゃいますからね。当然、金額も入れませんし印鑑も押しません。一種のパフォーマンスです」  恵一は頷いたが、(から)の契約書を送るのは今一つ良い方法とは思えなかった。だが、素人の自分が言う事ではないと思い、口にしなかった。  契約書は全国共通の不動産取引業組合の書式で八ページほどあった。  先程の店員が大振りのグラスに麦茶を入れて持ってくる。また笑顔だった。恵一はコップを受け取り口にした。冷えた麦茶が再び食道を落ちていく。金城が話を続けた。 「しかし、父親が癌だって云うのに見舞いにも来ないし、死んだって葬式は画廊任せ。自分に名義が変わっても家さえ見に来ないってのは、家や女房子供を捨てた親だからと言ってもわたしはどうかと思いますがねぇ」 「血が繋がっている分、因縁が深いってことだろう」 「五歳の時に家を出たそうですよ。それから一度も会ってないって言っていました。確かに不憫と言えば不憫ですが、でも、離島にあるとは言え家一軒は財産ですよ。いくら沖縄が遠いと言っても今の世の中、飛行機に乗ったら岡山から那覇までビューンですよ」 「それが出来ないんだろう」 「でも、そんな親の残した家なら喜んで売っても良さそうなもんですがねぇ。最初は直ぐ手放すような感じだったんで、なるほどなぁ、と思っていたんですが、急に手放さないと言い出して。・・・いったい、何が有ったんでしょうかねぇ?」  ゆっくり読ませてくれと言おうと顔を上げると、金城は眉間に不揃いな皺を寄せていた。いつもは穏やかな話し方をする金城だが、今日は少し感情が表に出ている。
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