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「森さんの会社は大きいのかね?」  恵一は契約書を捲りながら訊いた。 「以前、ネットで調べました。戦後、爺さんが起こした縫製会社だそうです。従業員も百人以上いるそうで、結構な規模の会社なんですよ。しかし、一人息子が会社を継がずに絵描きになったなんてのは、残念ながらネットには載っていませんでしたがね」  そう言って金城は小鼻を膨らませたが、受けない冗談を言ってしまったというように一つ咳払いをしてから続けた。 「なんでも、スクール水着ってのを造っていて、売上は年間三十億を超えるそうです」 「ほォ、三十億。そいつはすごいねぇ」 「社歴を見ると、成長時期はこの森さんの代になってからですね。結構、遣手(やりて)のようですよ」 「そんな大企業が、業績不振にでもなったのかね?」 「えっ、・・・どういう意味です?」 「少子化で売り上げが減って、社長の給与も減ったとか」 「それは無いでしょう。水着以外にもスポーツウエアーや制服なんかも作って業績は良いみたいですよ。仮にそうだとしても、中古の家を売ったぐらいじゃ焼け石に水でしょう。・・・実はですね、その森さんが近くの同業者に探りを入れていたんですよ。先月の初め、それも三軒。で、森さんがいろいろ訊いてきたそうですが、何処の店も離島だし相場以上の値が付くことはない。返って値は下がるだろうって答えたそうです。それを聞いて、まだ上げろとは言えないでしょう。値が上がることはありませんよ。と言うか、・・・鹿ノ倉さん、こちらから値を上げたのはやっぱり間違いだったかも知れませんねぇ」 「向こうが値段を言わないんだから仕方ないだろう」 「そうではあるんですが、結果的に今の提示金額はだいぶ高くなっています。で、・・・」  金城がその後を言い淀んだので、恵一は契約書から目を上げた。視線が合うと金城は一度頷くような仕草をしてから言った。 「この間の電話で、森さんがですね、こんなことを言ったんですよ。『今ではオレの家だ。なんで売らなきゃならない。あんなバラック小屋でも親の建てた家なんだぞ』って」 「バラック、・・・」 「それも今頃になって『親の建てた家』だなんて言うんですよ。今まで親の事、ボロカスに言ってたのにですよ」  金城の口元は見事に尖っていた。
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