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 恵一が家を借りている玉利島(たまりじま)は沖縄本島の東海岸、中城湾(なかぐすくわん)にある周囲十キロ程の島だった。その島の南西側にある二十メートル程の崖の上に五十軒ほどの集落がある。唯一の港はその崖の下にあった。港から集落に向かう坂の近くには幾つもの湧き水があり、崖の下には貝塚もある。人が住んで千年以上と言われる島だが、御多分に漏れず昨今の過疎化と少子化で島の人口は百三十人を切り、小中学校に至っては全校生徒が八名しかいない。恵一の家はそんな小さな島のほぼ中央のギンネム林の中にあった。しかし、森の息子が云うようなバラック小屋ではない。緋色に焼かれたスペイン瓦を乗せた、コンクリート造りの瀟洒(しょうしゃ)な家だ。さすが偉才(いさい)の画家が建てた家だと、恵一は思っている。  恵一は旅行雑誌のライターだった。  八年前、沖縄に移住すると言った恵一に編集長の杉山は口を尖らせて反対した。 「そんな田舎に行ってどうするの?取材に出るったってひと苦労だろう。出張費だって馬鹿にならないぜ?」 「自分で持つさ」 「バス代じゃないよ?飛行機代だよ」 「だから自分で持つよ」  そんなやり取りがあったことを思い出す。  結局、杉山の温情で旅費の片道分を会社が持ってくれる事になりホッとしたが、その事以外にもいろいろと杉山には迷惑を掛けている。古い友人ではあるが、いつも申し訳ないと思っていた。
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