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 恵一は金城の店を出ると、一旦は仲の町に足を向けたが思い直してバス停に向きを変えた。久しぶりの沖縄市なので割烹でウナギを食べるつもりでいたが、まだ昼食には早すぎたし、それまで時間潰しをするにも他に行く当てもない。何と言っても、岡山まで行って難儀な話をしなければならないと思うと、朝食を軽めに済ませてウナギを準備していた腹も食欲を失くしていた。加えて、この熱気と高い湿度で軽い脱水症状さえ起こしている。  恵一はバス停の横の自販機でスポーツドリンクを買い、そのまま日陰で帰りのバスを待つことにした。  バスを待ちながら、この買取話(かいとりばなし)は最初から間違っていたのではないかと思った。問題は金城が言うような金の話ではなく、若いつもりでも恵一は既に五十七歳になりもうすぐ六十になる。妻の瑤子(ようこ)には十年前に先立たれ、一人娘の沙也(さや)は高校卒業と同時にイギリスに留学してそのまま向こうで就職もしている。彼氏もいるようで帰って来る様子もない。身内と呼べる者はその娘を除けば名古屋に住む義理の妹家族しかいないのだ。すでに両親は他界し、岐阜の鹿ノ倉家ともその後疎遠になっていて、そんな自分にもしもの事があれば買った家はどうなるのか。遺言書を一枚書き残しておけば済む事なのかもしれないが、あんな辺鄙(へんぴ)な島に家を残されても皆が困るだけだろう。今となっては岡山まで行っても良い返事が得られるとは思えないし、いっそこの話が頓挫(とんざ)してくれた方が返って気が楽になるかも知れない。とんだ空騒(からさわ)ぎだった、で済ませた方が良い気もして来た。
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