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帰りの定期船は昼前に平敷屋の港を出た。防波堤を廻ると勝連半島を右手に見て中城湾に入る。遠浅の内海が海藻の甘い緑色と白い砂で彩られていた。少し風が出て来たのか風波がある。
十五分も走ると左側の窓に玉利島が見える。島の北側の浜にクレーンを載せた作業台船が見えた。潜水作業船が二隻と少し離れた所に赤い旗を掲げた監視船もいた。先週から始まった通信海底ケーブルの取替工事だった。
防波堤の先端に来ると定期船は速度を落とし、ゆっくりと防波堤を迂回して港に入った。岸壁に漁船が数隻繋がれている。斜路の上には引き上げられた船も見えた。どれも強い陽射しに晒され身動き一つしない。
港の奥に桟橋が見えた。綱取りの船員が立っている。日傘を差した女もいた。ピンクのエプロンを掛けた小柄な女だった。
船が桟橋に着き、椅子からは四人の客が立った。若い男と民宿緑荘の女将、そして観光客らしい若い女と恵一だ。定員四十名の定期船にしては寂しい客だったが、あと半月もすれば学校も夏休みに入り、家族連れや子供会などが押し寄せ、キャンプや海水浴を楽しむ人で島は一気に賑やかくなる。到底、一日五便の定期運航ではそれらの人数を捌き切れず、日に何本も臨時便が出る事になる。そんな夜には、風向きによってはキャンプ場からの嬌声が恵一の家にまで届く事もあった。
先に船を降りた若い男は、大きなカバンを背負い、封筒の束を抱えていた。きっと昼間だけ開く出張所の職員なのだろう。次に降りた緑荘の女将は重そうなビニール袋を両手に下げていた。桟橋にいた女がその袋の一つを受け取り、女将に何か言う。二人は笑い、女将は女の肩を打つマネをした。二人ともこの島の言葉を使っているので恵一には話の内容は分からなかった。体形がそっくりな二人が並んで歩く姿は、親子か姉妹のように見えた。実際、多少の血の繋がりはあるのかも知れない。
恵一も強い日差しを受け、港を横切って坂に向かった。
坂の下にあるターミナルの待合室には人影は無かった。崖を斜めに登る坂は急で、日陰も風も無く、ただ暑いばかりだった。途中、汗を拭いながら坂の上を見ると琉球松の枝が揺れていた。恵一はその風を目指して足を進めた。
登り切ると路地の奥から風が吹いていた。路地の先は一面畑なので風は炙られた土の匂いがした。その風に身体を当てながら立ち止まり、汗を拭きながら坂に目を向けると、船で一緒だった若い女が途中で立ち止まり辺りを眺めていた。ジーンズに青いシャツ。クリーム色の帽子を被りサングラスを掛け、青いリュックサックを背負っていた。景色を楽しむ姿から、間違いなく内地からの観光客だと思った。
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