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だからね、わたしがやったのは、いびりじゃなのよ。躾けよ、躾け!
まったくね、お兄ちゃんの嫁も、正志の嫁も、いまだに半人前じゃないか。いや、半人前にもなっちゃいないね!
「あ~ら、お宅のお嫁さん方、良くお出来になって」
なんてさ、いっつも皮肉を言われて。
わたしは恥ずかしくってさ。
「いえいえ、なんとも出来の悪い嫁たちでしてねぇ」
「そんな事ないじゃない。良いお嫁さん方よね。羨ましいわ」
もし、ご近所の人たちがさ、本気で「良く出来た嫁」なんて言ってんだとしたら、嫁ども、どんだけ外面人間なんだって話だよ。
わたしは恥ずかしくないようにって、朝から晩まで躾けたよ。
洗濯や掃除の仕方、食事の作り方。
「やり方は知っています」なんて口答えしやがって。
やり方がどうのじゃないんだよ! わたしの言う通りにやるんだよ!
嫁どもには「鬼」だの「人でなし」だの、面と向かって言われたけどね、ちゃんとすりゃあ、わたしだってやりゃあしなかったのさ。
ちゃんとしてないから、やり続けるしかなかったんじゃないか。だから、何度もやり直しさせたんじゃないか。
「昨日と違う事を言っています」だとさ! それくらいの事、分かれってんだよ。
本当、気の利かない馬鹿嫁ってのは困ったもんだよね。
でさ、躾を続けた甲斐もなく、一向に良くなりゃしない。
こんな歳になるまで、散々躾けてやったってのにさ。
ありゃあ、生まれつきのもんだね。
生まれつき、わたしの息子たちの嫁になる才能が無かったんだ。
わたしは息子たちの結婚には反対だったんだ。初めて見た瞬間に分かったよ。それなのに、結婚しちまってさ。
騙されてんだって散々言った聞かせたのにねぇ。
死んだ父さんも嫁どもに騙されてたみたいだったね。いっつも「良い嫁たちだ、息子たちは果報者だ」って言ってたもんねぇ。
わたしが何度言っても「お前がおかしい」しか言わなかった。息子たちも父さんと同じことを言ってさ。わたし一人を悪者呼ばわりしやがった。
ふん! 周りを騙したってね、わたしは騙されないんだよ! 嫁どもは出来の悪い、どうしようもない女どもなんだ。
そんな嫁の産んだ孫なんて可愛いもんかね。父さんは「可愛い可愛い」って言ってたけどさ、顔が嫁に似てるじゃないか。そんなのどこが可愛いんだか……
わたしは絶対にそばへは寄せ付けなかったよ。当然ってもんさ。
それとさ、父さんが死んだのも、嫁どもが悪かったんだよ。そうに決まっている!
猫被った嫁どもに騙されたまま死んじまってさ。父さんが気の毒だったよ。葬式じゃ、嫁どもはわんわん泣いていたけどさ、ありゃあ嘘泣きさ。
本当、嫌な嫁どもだ!
こんなわたしも、近頃じゃ、からだが言う事を聞いてくれなくなって来ちまってね、介護用? とかのベッドで寝かされてんだよね。
こうなったのは、躾け疲れだね。あの馬鹿嫁どものせいさ。慰謝料をたっぷりと取ってやろうかね。
今日は馬鹿嫁どもが二人して、わたしの入っている介護施設に来やがる日だ。介護職員の山下さんの方が良いって言ってんだよ。
馬鹿嫁ども、わたしの「お世話」に来るんだとさ。別に頼んじゃいないのにさ。山下さんで充分なんだよ!
「お母様、おからだがご不自由なんですから、わたしたちに身の周りの事はお任せください」
「山下さんは他にもお世話している方がいらっしゃるんですよ」
はん! 長年躾けて、言葉の使い方が少し良くなった程度だもんね。何とかにつける薬ってのは、本当に無いもんだ。
……おや、二人して来やがったよ。「お邪魔します」も言えないのかい!
それと、何だい、にやにやしやがってさ。
おい、わたしが動けないからって、触るんじゃないよ。汚らわしいったら!
こら! 枕、返しなさいよ! それが無いと息が出来ないんだよ。からだが真っ直ぐになると息が出来ないって、医者の宗川先生が言ってただろ!
ほら、早く、返せよ! 何二人して笑ってやがるんだ!
おお、わたしの息子たちが来てくれたよ! 馬鹿嫁どもに枕を返すように言っておくれ!
ほら、ちゃんと叱っておくれよ。お前たちも、わたしが枕が無いと大変になる事は知っているだろうが。
なのに、どうして馬鹿嫁と一緒になって笑ってんだよ!
何なんだよ、その「うるさい姑への躾けだよ」ってのは?
見て分かるだろう! このままじゃどうなるか!
ねえ、息が出来ないんだよ……
ほら、目の前が暗くなって来ちまったじゃないか……
何だよ、みんなして笑ってさ……
このままじゃ……
わたし……
死……
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