最終章

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最終章

 「颯太……!」 ピクリと僅かに睫毛を震わせた颯太に、翔が声を上げた。 「颯太!」 「ん……」 ゆっくりと颯太の瞳が開いていく。 何も映されていなかったその瞳はすぐに光を捕らえた。 「……しょ、に……ぃ……?」 不安そうに光が揺れる。翔は繋いでいた手をさらに強く握り締め、大きく頷いた。 「そうだよ。僕はここにいるよ、颯太」 「あ……」 ポロッと雫が溢れ落ちた。 しょうにぃ、と颯太は自由の効かない腕を必死に持ち上げて、翔の方へと伸ばして。翔はその手を掬い上げるようにして受け止めた。 「ごめ……ごめ、なさ……」 「謝らなくていいから」 「俺、ひどいこと、言った……」 「……」 「関係なくなんて、ない……」 「うん」 「翔兄は俺の家族なのに、ひどいこと……言っ」 震える、まだ幼いその体を翔は抱き締めた。 「僕もごめん。自分のことでいっぱいで、颯太の気持ちを考えてなかった」 「翔兄……」 「ごめんな」 颯太は無言で首を振ると、背に回す腕に力を込めた。まるでしがみつくかのようなその行動に翔も応える。 交わされた言葉は少なかった。 それでもひびが修復されていくのがわかる。 そんな二人の姿を、窓枠に腰掛けたミコトは静かに眺めていた。 「……馬鹿ですねー」 せっかくのチャンスを他人に使うなんて。 何でも願いが叶うなんて、もう一生ないことなのに。勿体ない。 「あーあー」 ミコトはブラブラと足を振った。 楽しみにしていた翔の願いは予想外のものになってしまった。もっとこう、そんなことを願うのかというインパクトのある、わくわくするものがよかったのに。 そうミコトは口を尖らせた。 颯太を助けるという願いは、無意味になっていた可能性もあるのだ。ミコトが何もしなくとも手術が成功していた場合、無駄に願う権利を使ったことになる。真実はわからないがそういう可能性もあったのだから慎重に願うべきだったろう。 ミコトは自分に願いを告げた時の翔を思い浮かべる。 父親からの連絡で少し冷静になった彼は、ミコトと目が合った瞬間に願いのことを思い出したような表情をしていた。 つまり咄嗟に願いを颯太のために使った。 「本当に理解できません……」 叶えろと言ってきた者の願いが兄のためであったり、自分を抑えてきた者がようやく口にした願いが弟のためであったり。 『家族だよ』 『だって……家族だもん』 二人の言葉が甦る。 「……人間とは不思議ですね」 ミコトは目を細めた。視線の先、寄り添う兄弟はすっかり笑顔を取り戻している。 今まで見てきた人間とはまた別の人間だと思った。 冷たさではなく温かさを持つ人間。 己の欲よりも優先したいと思える大切なものを、存在を持つ人間。 新鮮だった。 翔の瞳からは、あの暗い深さは無くなっている。 ……良かったですね、翔。 僅かに笑みを溢してから、ミコトはうーんと伸びをして空を仰いだ。 「さあ、また主人を探さないとですねー」 億劫だった主人探し。 それも少しは悪くないのかもなと思えるほどには、きっとミコトも影響を受けたのだろう。 「次はどんな人間でしょうかー」 ミコトはふるりと体を震わせ鳥へと変化すると、病室の中の兄弟に声をかけること無く、自由な外へと飛び立った。 ◆◆◆  不意に誰かに呼ばれたような気がして、僕は顔を上げた。 父さんは入院準備のため一度家に戻っているから、病室には僕と颯太だけ。他に誰もいるはずがないのに、何か物足りない……そんな感じがした。 理由を探すように視線を彷徨わせ、ある一点で目を止める。 開け放たれた窓。目の前で揺れるカーテン。 「……」 窓枠に腰掛けニコニコと笑みを浮かべる子供の姿が、一瞬浮かび、消えていった。 「翔兄?」 颯太が不思議そうに顔を覗き込んでくる。 僕はううん、と首を振りその頭を撫でてやった。 「何でもない」 ……ありがとう。 誰に向けての、何のための感謝なのかもわからなかったけれど。 清々しい気分で僕は窓の向こうの空を見上げた。
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