夕晴

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夕晴

カチャっとドアが開く音がして、部屋に明かりが入り込んでくるのと同時に、こちらの様子を伺う影が見える。 「綾香(あやか)?」 未来(みき)が呼ぶと、その影はすっと部屋に入ってきた。 「ごめんね。起こしちゃった?」 「ううん、大丈夫。今、何時だろ。」 「もうすぐ8時だよ。お腹空いてない?」 「大丈夫。点滴してだいぶ楽になったから、綾香ももうゆっくり休んで。」 「大丈夫、大丈夫って。こんな時くらい甘えなさいよ。」 まるで言い聞かせるような口調の綾香だったが、思い直したように寝ている未来の顔を覗き込んだ。 「未来。」 「ん?」 「社長様が来てる。ごめん、先に話し聞いちゃった。何もなかったの、誤解だったの。王くんも社長に謝ってた。」 淀みのない綾香の話し方に、緊張してると思いながら、まるでラジオから流れてくるような感覚で、その声を聞いていた。 「未来、話聞いてあげて。その方が未来も楽になるよ?」 気持ちは追いつかないのに、涙が目尻から流れていって、こめかみに伝う。 「私の、勘違いだったの?」 「うん。」 「どうしよう。たくさん迷惑かけた。」 未来が動揺するのが分かって、綾香が声を掛けようと口を開きかけた時、斜めに差し込んでいた外の明かりが部屋全体に広がって、綾香は後ろを振り返った。 「未来。」 二人のやりとりを聞いていた青島が、しびれを切らして部屋へ入ってきていた。 優しく自分の名前を呼ぶその声を聞いた途端、未来は両手で顔を覆って、それまで聞いたことのない、取り乱した声で謝り始めた。 「ごめんなさい、ごめんなさい。」 泣いている未来の頭に青島の手が触れて、手の隙間から流れる涙をそっと拭った。 「未来、大丈夫だから。落ち着くんだ。」 「私、仕事ほったらかして。涼子(りょうこ)さんや、みんなに申し訳ない。」 「王くんにも…。」 傷付いて体調を崩し、目の前で泣いている恋人の頭を撫でながら、狭量さをさらけ出すようで情けないと思いつつ、青島は呟いた。 「俺は?」 「…。」 「俺は?」 未来がゆっくりと手を離すと、への字になった唇の端を必死に上げようとする青島と目が合った。 とても久しぶりに顔を見たような気がして、未来の目からはまた涙が溢れたが、ふと思い出したように部屋を見渡した。 「佐々木さんなら、気を利かせてくれたようだ。」 泣いて謝る未来を見て、思わず涙ぐんでしまった綾香は、青島と入れ替わるようにして外に出た。 「なんだ。未来ったら、社長様の前でちゃんと泣けるんじゃない。」 しばらく玄関の前で佇んでいたが、今夜は王くんも誘って3人で飲んじゃお、と思い立つと楽しくなってきて、外階段を跳ねるようにして、二人が待つ部屋に戻って行った。
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