3人が本棚に入れています
本棚に追加
夕晴
カチャっとドアが開く音がして、部屋に明かりが入り込んでくるのと同時に、こちらの様子を伺う影が見える。
「綾香?」
未来が呼ぶと、その影はすっと部屋に入ってきた。
「ごめんね。起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。今、何時だろ。」
「もうすぐ8時だよ。お腹空いてない?」
「大丈夫。点滴してだいぶ楽になったから、綾香ももうゆっくり休んで。」
「大丈夫、大丈夫って。こんな時くらい甘えなさいよ。」
まるで言い聞かせるような口調の綾香だったが、思い直したように寝ている未来の顔を覗き込んだ。
「未来。」
「ん?」
「社長様が来てる。ごめん、先に話し聞いちゃった。何もなかったの、誤解だったの。王くんも社長に謝ってた。」
淀みのない綾香の話し方に、緊張してると思いながら、まるでラジオから流れてくるような感覚で、その声を聞いていた。
「未来、話聞いてあげて。その方が未来も楽になるよ?」
気持ちは追いつかないのに、涙が目尻から流れていって、こめかみに伝う。
「私の、勘違いだったの?」
「うん。」
「どうしよう。たくさん迷惑かけた。」
未来が動揺するのが分かって、綾香が声を掛けようと口を開きかけた時、斜めに差し込んでいた外の明かりが部屋全体に広がって、綾香は後ろを振り返った。
「未来。」
二人のやりとりを聞いていた青島が、しびれを切らして部屋へ入ってきていた。
優しく自分の名前を呼ぶその声を聞いた途端、未来は両手で顔を覆って、それまで聞いたことのない、取り乱した声で謝り始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。」
泣いている未来の頭に青島の手が触れて、手の隙間から流れる涙をそっと拭った。
「未来、大丈夫だから。落ち着くんだ。」
「私、仕事ほったらかして。涼子さんや、みんなに申し訳ない。」
「王くんにも…。」
傷付いて体調を崩し、目の前で泣いている恋人の頭を撫でながら、狭量さをさらけ出すようで情けないと思いつつ、青島は呟いた。
「俺は?」
「…。」
「俺は?」
未来がゆっくりと手を離すと、への字になった唇の端を必死に上げようとする青島と目が合った。
とても久しぶりに顔を見たような気がして、未来の目からはまた涙が溢れたが、ふと思い出したように部屋を見渡した。
「佐々木さんなら、気を利かせてくれたようだ。」
泣いて謝る未来を見て、思わず涙ぐんでしまった綾香は、青島と入れ替わるようにして外に出た。
「なんだ。未来ったら、社長様の前でちゃんと泣けるんじゃない。」
しばらく玄関の前で佇んでいたが、今夜は王くんも誘って3人で飲んじゃお、と思い立つと楽しくなってきて、外階段を跳ねるようにして、二人が待つ部屋に戻って行った。
最初のコメントを投稿しよう!