夕晴

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戻ってきた青島がスツールを手に部屋の電気をつけると、未来は目をしばたたかせた。 「お前の分のお粥もある。少し食べないか?薬もあるんだろう。」 正直、全く食欲はなかったが、未来は体を起こして綾香が持ってきたというご飯を見た。 「麻婆豆腐、美味しそう。」 何ともいえない匂いがしていたのは、これだったのかと思いながら、少し食べてみようかと思い、立ったままでいる青島を見上げると、面白くなさそうに口を尖らせているのが目に入った。 「(ひろし)さん?」 名前を呼ばれてスツールにトレイを置いた青島は、椅子に座ると、お粥の入った茶碗とレンゲを未来に渡した。 「食べさせてあげようか?」 「まさか、大丈夫です。宏さんも食べて。」 そう言っていざ食事を始めたのだが、未来はやはり青島の様子が気になる。 「何か怒ってます?」 「麻婆豆腐、少しお粥の上にかけようか?」 質問には答えず皿を手に取るので、未来は青島の顔色を伺うようにしながら、お茶碗を差し出した。 透き通った白いお粥の上に、食欲をそそる赤い麻婆豆腐が乗せらる。 「辛っ。あっ、でも美味しい。」 「ああ、美味しいな。レトルトじゃないらしい。」 「へえ、凄い。」 体の調子が良くない時に、辛い物はどうかと思ったが、味が感じにくくなっているはずなので、刺激のある味はよけいに美味しく感じられた。 「凄いな。若くてイケメンで、困った時には助けに来てくれて、料理も出来る。」 麻婆豆腐を見ながら淡々と話す青島を、未来はぽかんとした表情で眺めた。 青島は視線を未来へと移し、ふうっとひとつため息をついた。 「昨日から、お前の周りにいる好青年たちにのぼせ気味なんだよ。またこの麻婆豆腐が…。」 ぼやく青島の、額の汗に気が付いた未来は、思わず吹き出してしまった。 「浮気…、違う…。」 「宏さんが他の(ひと)を選んだと思って、周りの人も巻き込んで、迷惑をかけたのは私ですよ?」 その場を取り成すつもりで発した言葉が、自分自身に重くのしかかり、未来は顔を曇らせた。 青島は箸を置いて立ち上がると、ベッドに腰を下ろして未来の髪に触れた。 「すまない、つまらん嫉妬だ。お前も俺もこうやってふたりでいる。早く食べて横になれ。」 そう言いながら、青島は未来の髪を撫でることをやめない。 「宏さんも、温かいうちに食べて。」 未来の言葉に、返事にならない返事をした青島が笑う。 「会いたかった。早く触れたかった。そんなこと思う相手はお前だけだ。こんな俺がどうしたら他の女を選べる?」 伝わってくるのは怒りではなく、未来への真っ直ぐな思いと、それに入り混じる寂しさだった。 未来は何か言おうと口を開きかけたが、それまで髪を撫でていた青島の手が頬に触れ、親指が口を塞いだ。 「返事が欲しいわけじゃない。独り言だ。」 青島はそう言って微笑むと、ようやく立ち上がり食事の続きを始めた。
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