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 その立方体が現れたのは僕が中学二年生の時だった。日曜日にやることもなく、部屋の中でぼんやりしているところにそれは現れた。音もなく、なんの脈絡もなく、視界にそれはあった。真四角の空だ。  唐突に表れた立方体の“空”に驚き、何度も目をこすった。そして、それの周りをぐるぐると回ったのを覚えている。じわじわと恐怖が込み上げてきて、キッチンにいる母の元へと走った。振り返るとそれは自分の後をゆらゆらとついてきていた。 『何もないじゃない』  母はそう言った。だけど僕には確かにそれが見えていた。一辺十センチの立方体の空が。 『そこにあるじゃないか、よく見て』  僕が母に強く訴える間に空は消えていた。母に話しかけたときまでは確かに非現実的な存在がそこにはあったのに。気付けば、目に映るのはいつもの雑多なキッチンだった。そこには始めから何もなかったかのように、その痕跡はどこにもなくなっていた。  狐に化かされるってこういう時のことを言うのだろうか。そんなことを考えたのを覚えている。空が消えた後で冷静になってみれば、謎の立方体が突然浮かび上がるような状況など到底信じられるものではなかった。時間が経って、考えれば考えるほど幻だったと強く思うようになった。  だけど次の日曜日、同じように部屋にいた時に空は再び現れた。  それから五年。いまだに立方体が何なのか僕にはわからない。拡張現実とかそういうものじゃないし、超能力みたいなものでもない気がしていた。自分以外の他の誰にも見えないからだ。  触ることはできず、僕にしか見えず、全く害はなく、益もない。いつからか他の人に見えようが見えまいがどっちだって良いのだと思うようになった。  きっとこれは幻覚なんだと、そう思っていた。さっき鹿島と再会するまでは。
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