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「ねえ、岡田君。手、触っていい?」  秋口のよく晴れた昼下がり、僕は公園のベンチで隣に腰かける女性が幻覚である可能性について考えていた。普段ならば目の前の人間に対して「幻覚かもしれない」などと考えることはないが、今は疑うことをやめられなかった。だって都合が良すぎる。二十年も生きていれば今のこの状況を奇跡と呼んで差し支えないということは理解できた。  僕の手を求めたのは鹿島優愛。高校時代の同級生で、当時は密かに恋心を抱いていた。告白が出来ないまま卒業し、以降は会うこともなかったのだけれど十分ほど前に一年と半年ぶりの再会を果たした。 「ちょっと待ってて」  僕は立ち上がり、ベンチの横の水道で入念に手を洗った。そしてハンカチでしっかりと水をふき取り、鹿島に向かって手を差し出した。 「どうぞ、触って」  手を洗う間、黙って待っていた鹿島は、僕が差し出した手を見て噴き出した。 「ふふっ。おかしい。そういうところ変わってないんだね」 「そういうところ?」 「きっちりしているところ」 「そうかな?」  自分のことはよくわからなかったけれど、そういう鹿島も変わっていないと思った。昔と同じように穏やかで、柔らかい笑顔だ。自然と周りを明るくする雰囲気は今も昔も変わらない。
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