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「月の綺麗な晩のことだ。ふと、夜中に目が覚めると、真っ白な障子の中にぽつんと、小さな影があってね」
「おい。まさか、まだ続けるつもりか」
私が不平を漏らすも、彼は「まぁ、まぁ、聞いてくれ」と私を宥めた。
「最初は小さくて、それが何なのか分からなかった。でもね、それが日を追うごとに徐々に徐々に、大きくなって、髪の長い女の姿になったんだ」
彼はそこまで言うと突然、空咳をした。
私は慌てて、彼の背をさすってやった。
「もういいから。今日は休め」
私は近くの水吸を手に取り、彼に勧めた。
水を失った田のように割れた唇に、水吸を当ててやると、彼は素直に口をつける。
嚥下したのを確認し、私は彼の背を支え、慎重に身体を床に寝かせた。
「……僕は、不思議に思って……障子に近づいたんだけど……」
「いいから、喋るな」
重たい息を吐く姿が痛々しく、私は彼を叱責する。
「障子を、開けたら……誰もいなかった」
彼の落ち窪んだ目が、私を捉える。身を押してもなお、この話をしたいと思う彼の鬼気迫る様相に、私はすっかり臆していた。
「もしかしたら……穀潰しの僕を迎えに来たのかもしれないね」
力なく口角を上げた彼に、私は何も返してやれなかった。
数日後。再び雪平家を訪ねると、宗清は調子が良いようで、縁側に腰をかけていた。
私は彼の家族から公認されていて、基本的には表玄関から訪ねることはない。裏の門扉を通った先にある庭から、彼の部屋に向かっていた。
だから開けた庭先から、彼が縁側にいることが一目で分かるのだ。
「やぁ、今日は調子が良いようだね」
私は片手を上げながら、彼に近づいた。
「ああ、今日は熱もないし、咳もあまり出ていないよ」
彼の隣に腰掛けた私は、持参した水羊羹を手渡す。
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