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「君の好きな水羊羹だ。後で家族と食べてくれたまえ」
「ありがとう。いつも悪いね」
「気にすることはない。邪魔している立場なんでね」
私は気楽に言ったつもりだったが、彼は血色の悪い顔を歪めた。
「邪魔などとは思っていないよ。君が来てくれるおかげで、僕の味気ない病床生活に楽しみが生まれたのだから」
「そうかい? 病気の身体に響かないと良いが……」
「君のおかげで、僕も少しでも床から出ようという気力が湧くというものだよ」
彼はそう言って、笑んだ。
「そういえばね、障子の女なんだけども」
「また、その話か?」
私は不安を顔に出さないよう心がけながら、宗清の顔を見た。
「君が来たその日の晩のことなんだけど。障子にね、長い髪を下ろした女の横顔が映っていたんだ。このあたりかな……女が座っていたんだ」
宗清が自分の座っている横を手で叩く。ちょうど宗清と私の間であっ
て、私は少しばかしゾッとした。
「そこに誰かいるのかと、声をかけてみたんだけど……返事はなくてね」
彼は肩を落として、池の方角へと目を向けた。私もそちらの方へと視線を伸ばす。
朱く色付いた紅葉が、水面を覆っている。
少しヒヤリとした風が、木を揺らす度に紅葉の葉がひらりと、池や地面を染め上げていく。この美しい庭にも、秋の気配が溢れんばかりに漂っているようであった。
外に出られない宗清の為にと、家族の心づくしなのだろう。そう、私には感じられた。
「女盗人ではないのか?」
私の問いに、彼は苦笑した。
「それはないね。僕が声をかけても、微動だにしなかったのだから」
「もしかしたら、気づかれたことに驚いて、咄嗟に動けなくなってしまったのかもしれないよ」
その可能性は低いと分かっていたが、私は言わずにはいられなかった。それは、彼の言う幽霊かあやかしの存在を否定したいという心理によるものだ。
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