俺は今、火星だよ!

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俺は自分の部屋の窓を開ける。視界には住宅街が広がっており、年季の入った木造家屋が並んでいる。遠くには、うっすらと山々の姿も見える。実家のこの景色を眺めるのも久しぶりだった。俺が住んでいる東京の家の周りはタワーマンションばかりで、山なんて見えるはずもないのだ。 鼻からめいいっぱい息を吸い込む。澄んだ空気が肺いっぱいに入ってくるのを感じた。若い頃はこの町を田舎とバカにしていたが、今となってはごちゃごちゃした東京よりよほど住み心地が良いように思える。 実家に戻って一週間が過ぎていた。父の病気は良くはなっていたが、あと一ヶ月くらいはこっちにいようかなと考えていた。俺は去年離婚して一人暮らし、東京にいても寂しいだけだ。それならもうしばらく父と一緒にいても良いだろう。 「正人、ちょっとガレージまで来てくれないか。病院までの自動運転の登録の方法が分からなくて」 外から声が聞こえたので、窓から下をのぞくと、ガレージの前に父がいた。手を腰にあて、困った表情を浮かべている。 父はもう六十を過ぎていたが、白髪もなく、若く見える。しかし、その表情は以前より、幾分か弱々しくなっているように見えた。 「分かった。すぐに行くよ」 俺はガレージに行き、父の車に乗り込む。運転席の横にあるタッチパネルを操作して、目的地を設定した。江田川病院。父が通院しているところだ。 「お父さん、目的地を入れたから、あとはスタートボタンを押せば勝手に病院まで行くから」 車を降り、父にそう言う。 「ああ、ありがとう」 父が優しく微笑んだ。 「目的地に自宅も登録しているから、帰りはそれで問題ないはず。分からないことがあれば電話してくれたら良いよ」 「何から何まで悪いな」 実家でも自動運転の車を買ったのは二年前のことだ。最初は父も使うのは抵抗があったみたいだが、慣れてしまえば非常に便利だ。 「せっかくこっちに戻ったんだから、同級生にでも連絡したらどうだ」 父は車に乗り込みエンジンをかけた後、運転席の窓を開けて、俺にこんなことを言う。 「ああ、うん。そうだね」 俺は、すぐに須賀のことが思い浮かぶ。 「須賀とは連絡とってるよ。覚えてる? よく高校の時に家に来ただろ」 「ああ、須賀君か。懐かしいな。今もこのあたりに住んでいるのか?」 「ううん。今は火星だって」 「火星?」 父が目を丸くする。 「うん。大手の電気機器メーカーに就職したんだけど、火星で使う太陽光パネルの整備のために、火星出張になったらしい」 「火星出張か。すごいなあ。時代は進んでいるんだな」 父は何度もうなずき、感慨深げに言う。 その後、車は発進し、家の前の道路を進んでいった。車が見えなくなったところで、俺は家の中へと戻る。
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