俺は今、火星だよ!

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家に小さな段ボール箱が送られてきた。カッターナイフを使い、丁寧に開けると、そこにはVRゴーグルが入っていた。須賀の会社から送られてきたものだ。 このVRは、火星移住計画の一環として日本政府が作ったものだ。一般人に火星の現状を知ってもらい、火星に興味を持ってもらう、それが狙いらしい。このVRを付ければ火星の様子をリアルと大差なく体験できるのだ。 段ボールにはVRと一緒に、取扱説明書も入っていた。と言っても、ボタン操作も少なく、説明書を読まなくてもできそうなほど単純なものだった。 俺は椅子に座り、ゴーグルとヘッドホンを頭に取り付ける。ゴーグルのサイドのボタンを押すと、ザーッという音の後に、女性の声が聞こえてきた。 「この度は火星体験VRを手に取っていただき、ありがとうございます。使用する際にあたっての注意事項としまして……」 そこからしばらく使用時の注意事項が語られる。しかし、普通のVRの使用方法と変わらないものであった。 「それではいよいよ火星の体験VRが始まります」 そう言うと、強い光で視界が真っ白になった。いよいよ火星の景色を見ることができる。俺の心臓が大きく音を立てて動いていた。 まず聞こえてきたのは、水が流れる音だった。白一色だった視界が徐々にはっきりしてくる。鮮明に映し出された目の前の光景に、俺は息を飲んだ。 そこにあったのは、木だった。一本や二本ではない。数えきれないほどのたくさんの木々が地面から生えているのだ。緑の葉をつけ、果物らしきものが実った木もある。さらに、木々の間を縫うように、小川が流れていた。あまりに澄んだその川は、今にも魚が飛び出してきそうだった。 一見すればそこは、地球にしか思えない。木があり、川があり、見上げれば青空が広がっている。しかし、女性のナレーションは、ここが火星にあるビルの中であることを告げる。俺は勝手なイメージで、火星は砂漠のような荒れ果てた大地なのかなと思っていたが、このように緑に溢れた景色を見て、驚くことしかできなかった。 その次は人が住む居住区が紹介された。風呂やトイレ、居室など、天井も壁も床も真っ白、照明の光で輝いて見えた。電気や水道も完備されており、人工重力により地球と同じ重力で過ごすこともできるらしい。 「それでは火星の外の景色を見ていきましょう」 目の前に大きな緑のカーテンが現れた。電子音と共に、カーテンがゆっくり開いていく。視界いっぱいに、火星の外の光景が現れる。あまりの衝撃に、俺は言葉をなくした。 そこには、数えきれないほどたくさんのビルが建っていた。高さを競い合うように、所狭しと並んでいる。視界の端にはタワーのような物まで見えた。俺が想像したような荒れ果てた大地とは程遠い、何万人が住んでいてもおかしくないような大都市が火星にはあった。 さらに、上空を見上げると、数えきれないほどの星が空一面に瞬いていた。目に見える全てが煌めく世界に、俺は心を奪われる。ふと、昔に見た宇宙戦争の映画を思い出す。しかし、映画のようなCGの世界ではなく、ここに映っているのはまさに現実世界なのだ。 目をこらすと、ビルとビルが太い透明なパイプでつながれているのが見えた。その中を丸い物体が行き来している。どうやらそれは乗り物のようで、建物を移動するためのものみたいだ。いったい動力は何なのか。乗り心地はどうなのだろうか。たくさんの疑問と同時に、あふれんばかりの好奇心が生まれる。 「これで体験VRは終わりです。皆様が火星に来られることを心よりお待ちしております」 画面が暗くなり、音声が途切れた。ゆっくりゴーグルを外すと、そこは輝かしい火星の世界ではなく、無機質な自分の部屋だった。 俺はしばらく動くことができなかった。今まで体験したことのない世界に、全身が興奮に包まれていた。想像を遥かに超える世界が、火星にはあった。そして、ある一つの想いが、俺の心の奥底で、くすぶっていた。
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