俺は今、火星だよ!

7/7

27人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「いやあ、山下の記事、すごく良かったよ」 スマートグラス越しに興奮した声が聞こえる。電話の相手は、部長だ。ちょうど出来上がったばかりの火星特集の原稿について話すため、連絡してきたのだ。 「ありがとうございます。良かったです」 「やっぱり実際に火星に住んでいる人の言うことは違うな。来月の特集も引き続き頼むよ」 「分かりました」 通話が切れ、俺はスマートグラスを机に置く。 火星の特集は、須賀のおかげでリアルな記事を書くことができた。さらに火星体験のVRのおかげで、自分の目や耳で火星の様子を実感することができ、より正確な記事となったのだ。 俺はパソコンを開き、須賀宛のメールの文章を作る。感謝の言葉と共に、来月号もお願いしたい旨を伝えた。 『何でも聞いてくれ!』 すぐに彼から頼もしい言葉が返ってきた。彼の熱い声まで聞こえてきそうなメールだ。 その時、ずっと俺の胸の中にくすぶっていたものが、頭をもたげる。キーボードに置いた指を動かし、抑えきれない想いを須賀へのメールに乗せる。 『ありがとう。助かるよ。実は須賀の話を聞いて、俺も火星に行きたいって思うようになったんだ』 送信ボタンを押す指は、緊張で震えていた。突拍子もない内容に、もしかしたら須賀も戸惑うかもしれない。呆れるかもしれない。しかし、言わずにはいられなかった。 数分もしないうちに返事が来た。メールを開くと、短文のメッセージが目に飛び込んでくる。 『夢は叶うって!』 夢は叶う。それは、普通の人なら照れ臭くなるようなセリフだ。しかし、不思議と彼が使えば、強く背中を押してくれるような言葉に変わる。 ふと俺の脳内に、高校時代のことが思い浮かぶ。 高校の時から、須賀はことあるごとに夢を語っていた。地球を救いたい。温暖化を止めたい。異常気象をなくすんだ。そんなビッグマウスに、周りの人間は冷めた目で見ていた。俺もそのうちの一人だったかもしれない。しかし、彼のすごいところは、夢を夢で終わらせず、本気で実現するために努力していたことだ。大学も環境対策に関する研究ができるところに入ったし、就職も太陽光パネルを扱う企業に入った。そして彼の大きな夢は今、大気圏すら越えて、火星にまで到達してしまった。 夢は叶う。彼の言葉が心に染みる。彼が言うなら間違いない。絶対に俺も火星に行ける。そんな根拠のない自信が、体中に心地よく広がっていた。 『ありがとう。俺も火星に行くよ。火星で待っててくれよな』 そんなメールを送り、ゆっくりとパソコンを閉じる。 窓の外の景色を見ると、夕暮れの空に、いくつか星が見え始めていた。遠くできらめく星のどれかに、須賀がいるかもしれない。そんなことを思った。しかし、とてつもない距離が離れていても、俺たちはつながっている。それはあまりに素敵なことだ。 いつか俺もそっちに行くからな。心の中でそうつぶやく。胸に生まれた小さな夢が、俺の体温を少しだけ熱くさせていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加