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30日(3)(※)
文が、初めてをあげたのは、高校3年の夏、付き合っていた彼氏だった。
伸享とさやかが付き合い始めたと知ったころ。2年の時に同じクラスだった男の子に告白された。
同じクラスではあったが、そんなに話した記憶はなかった。学校の自転車置き場で自転車を止めようとしていたら、周りの自転車が倒れてしまい、直していたところに文が通りがかり、手伝ったことで、想いを寄せられるようになったらしい。付き合うことにしたのには、文のなかに、伸享とさやかへのちょっとした対抗心が合ったことは確かだ。
文自身、高校1年の頃にはじめて彼氏ができたことはあったが、1、2回デートしたくらいで別れており、大した経験はなかった。
初めてキスをしたのは、放課後、二人で教室で勉強しているときだった。文が苦手な数学が彼は得意で、時々課題を教えてもらったりしていた。
課題を終えて、帰り支度をしようとノートを閉じたとき、手を重ねられた。何かと彼の方をみたら、彼の顔が近づいてきた。あ、これは、と文は目を閉じた。
軽く唇が触れて、すぐ離れる。そしてまた触れる。今度は、少し長い。数秒して、唇が離れる。心臓がドキドキしている。文は、リップクリームを塗っておけばよかった、と思った。廊下から、だれかの話し声が近づいてきて、慌てて離れた。
それからは、放課後、勉強が終わった後にキスするようになった。だんだん、時間も長く、大胆になっていく。教室のカーテンに隠れて、ぎゅっと抱きしめられながら、深いキスもした。相手のことが好きというよりも、性的な好奇心と、なにかいけないことをしているような感覚に押されて楽しんでいた。
夏休み、彼の部屋で、初めて体を重ねた。
彼の両親は共働きで、昼間は家にいなかった。彼の兄弟も、最初は家にいて、家に上がったときに挨拶をしたが、部活があるといって少しすると出かけてしまった。
彼の部屋で、机を広げて課題を進める。ひと段落したところで、彼が飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう。」
コップを受け取って、半分ほど飲み、テーブルにおくと、彼が自分のベッドに腰かけた。
「こっち、来て」
と手を引かれた。少しドキドキしながら、彼の隣に座ると、手をつないだまま軽くキスされ、強く抱きしめられた。彼の動悸が伝わってくる。
「あの・・・。したい、んだけど」
彼がつぶやく。
「えっと・・・。最後まで、ってこと・・・?」
文が尋ねると、
「うん」
と小さな返事が聞こえた。
「大丈夫、かな」
文が戸惑いながら聞くと、彼が体を離して文を見る。
「大丈夫、とは・・・」
「あ・・・、えっと、避妊とか、ちゃんとしないと・・・」
文は目をそらしながら言うと、彼は
「それは、用意してる」
と自分の机の引き出しをゴソゴソを探り、小さな箱を取り出した。
「用意、してるんだ・・・」
文は少しおかしくなってクスリと笑った。
文が笑ったことで、緊張が解けたのか、彼が箱をベッドに置いて、再び唇を重ねてきた。
「・・・いい?」
行為自体はあまり時間もかからずに終わったが、文は、服を整えた後も足の間に残る違和感と戦っていた。
それからは、受験勉強も最終段階に入り、なかなか密室で二人きりになるタイミングもなく、2回目にしたのは受験も終わり、進路も決まった後。やっぱり彼の部屋だった。そのときもまだ痛くて、文は我慢するばかりだった。やっと痛みが消えたと自覚したのは、次に付き合った彼としたときだった。
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夕刻を告げる放送が聞こえてくる。そろそろ帰るね、と文は席を立ち、玄関へ向かう。伸享も後ろを歩く。玄関で靴をはく文に、背後から声をかけた。
「・・・あの、今日話したことだけど・・・」
「大丈夫だよ。誰にも言わない。希美に聞かれても、話してくれなかった、っていうよ。」
文は、伸享の方を見ずに応える。
「うん。頼むよ。」
「・・・なんで、私に話したの?」
文は、上体を起こし、カバンを持ち直しながら伸享の方をみた。自宅に呼ばれたのは、最初から、この話をするつもりだったのだろうか、と文は考えていた。伸享は、ふっと表情を緩めた。
「なんでだろう。・・・。聞いてほしくなったのかな。・・・ほんと、ずっと、誰にも言えなかったから」
その顔をみて、また涙がこみ上げてきそうになる。ぐっと我慢して、
「じゃあ」
ドアノブに手をかけた。一瞬、もう会えないのかな、と思い、伸享のほうを振り返る。
「・・・忘れ物?」
伸享に言われて、ふっと笑みがでた。
「うん、忘れてた。」
そういって、伸享の肩に両手をかけ、少し背伸びをして、唇を合わせた。
上唇を吸い取るように離れると、ちゅっ、と音が鳴った。次は、下唇にそっと触れて、体を離した。
「じゃあね」
文は、伸享と目を合わせずに、ドアを開けて去った。
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