退院前夜

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「数値も正常に戻って落ち着いてる。 明日には問題なく退院できるね」 「え……」 検査結果を見ながらそう言った先生に、私はしばし言葉を失った。 「で、でも、まだ治ったばかりなら経過観察とか必要でしょ? 数値だけじゃアテにならないし…っ」 「看護学生が偉そうに言うね。 レントゲン写真も見たけど、綺麗になってたぞ。 また熱が出るようなら、受診に来れば大丈夫。 もちろん、しばらくは自宅安静だけどね」 「そんなぁ…」 軽い肺炎を患って入院した私。 学校を休めるのはラッキーなんだけど、退屈な入院生活を送る羽目になったなと思ってた。 だけど主治医の先生がかっこ良くってビックリ! かっこ良いだけじゃない、私を本気で診てくれて本気で心配してくれて、ほんっとドクターの鑑! 30代半ばだとは思うから、私の二倍は生きてるんだよね。 彼女もいないって言ってたし、もしかしたら、もしかしなくてもー! 「おや、顔が赤くなってるぞ。 本当に熱が出たのか?」 先生がベッドに座る私の額に手のひらをあてた。 ――――ドキン! 私の至近距離で心配そうに覗き込む先生の顔。 「…先生っ」 たまらなくなった私は先生の胸に飛びつき、その身体を白衣がクシャっと皺になるほど抱きしめた。 退院なんてしたくない! 退院したら、もうこうやって毎日先生と会えない! 私はずっと、先生の患者でいたいのに…! 「…困ったな、こりゃ重傷だ」 先生は私の肩を抱き、ゆっくりとしがみついた私の身体を離した。 「しっかり勉強して立派に看護師になったら、うちの病院においで。 そうしたら、君の患ってるもう1つの病名を教えてあげるよ」 そう言って、先生は火照る私の額にキスをしてくれた。 「もう1つの病名……?」 あ…ちょっぴり薬品臭い先生の白衣。 退院前夜。 もう1つの病気が悪化しないように、私は先生のぬくもりをしっかり覚えた。 55d621ca-e585-44fe-ae94-74fbb9378618 「やれやれ、手のかかる患者さんだ」 *おしまい*
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