ひと月早いバレンタイン

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 残りの時間を惜しむように、しっかりと手を繋いで歩く帰路。  最後くらい笑って、私達らしく脱力した雰囲気で過ごしたい。  そう思って努めてくだらない会話を楽しんでいる最中、思いがけない人の声が響いた。 「……ゆずる!!」  驚いて振り向いた先に立っていたのは、血相を変えて荒い息を整えている優弥だ。 「優弥!?なんでここに」  横断歩道を挟んで向かい側にいる優弥は、必死な表情で叫んだ。 「さっきゆずるん家行って聞いた!二人でデートしてるって!そしたら俺、居てもたってもいられなくて……」 「優弥……」 「やっぱりさ!俺、どう考えてもゆずるのことが好きなんだよ!!これが恋かはわからないけど!無意識に、お前のこと好きになっちゃいけないような気がしてたけど!……やっぱり、ゆずるのことが好きだ!!」  まさか。呪いはとけていない筈なのに。  咄嗟にシバを見ると、彼は眉を下げて笑っている。 「シバ……?」  違うよね?  いなくならないよね? 「ゆずる!行かないでくれ!」  優弥が再び叫び、こちらに向かって駆け出した瞬間、赤信号なのに猛スピードで歩道に侵入してくる車が目に入り、一瞬にして十年前の光景がフラッシュバックする。 「優弥!!」  気づいた時には繋がれていたシバの手を振りほどき、優弥の元へ駆け出していた。  歩道に飛び出した後のことは恐ろしいくらいに実感がない。  後ろから思い切り突き飛ばされ、そのまま優弥の身体に重なるようにして倒れ込んだ。  少し遅れて、けたたましいブレーキ音と、人々の悲鳴が耳に響く。  ……助かった。  良かった。今度こそ、優弥は助かった。  だけどホッとして見上げた優弥の顔は、顔面蒼白で目を見開いていて。 「誰か!救急車!!」 「人が轢かれた!」  周囲の人達の絶叫に嫌な予感がして、車の方へ振り向く。 「………………シバ……」  もう、叫び声すら出なかった。  車のすぐ側に横たわったシバからは、おぞましいくらいの血が流れ、地面に無惨に広がっている。 「シバっ……」  半分気を失いそうになりながら、ガクガクと震える足でシバの元へ駆け寄る。 「シバ……シバ……」  嘘でしょ。  こんなこと、あまりにも酷すぎるよ。 「ゆずる……」  右手の人差し指がピクリと動き、か細い声で私を呼んだ。  意識があることに少しだけ安堵して、それでも予断を許さない状況に恐怖で震えが止まらなかった。 「シバ!早く魔術でも魔力でも使って、傷を治して!!」  泣きながらやっとそう声が出ると、シバは笑った。 「……できない」  人間界に居る時は力が使えない。  そんなふうに言っていたことを思い出し、真っ暗闇の絶望に襲われる。 「やだ!やだよシバ!待ってて、今救急車が来るから」  私の取り乱した言葉に、シバは何も答えずに微笑むだけだった。 「……ゆずる……幸せに」  地面に広がる血から湯気のような蒸気が出ているのがわかり、恐怖で身体がわなわなと震えた。 「いやだ!そんなのダメだよシバ!お願いだから消えないでっ……」  泣きわめく私の頬を、力なく撫でるシバ。 「泣くな……ゆずる……」  嫌だ。嫌だ。嫌だ。  お願いだから助けて。  神様でも、悪魔でも、なんでもいい。  恋でも愛でも命でも、私のものはなんだって持っていっていいから。  お願いだから、シバを消さないで。 「ありがとう……」  私の手の中で腕の力が抜けていくと、シバはそのまま目を閉じた。  
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