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プロローグ
「ま、待て。落ち着くんだ。冷静になれ」
米田礼二は、本革張りの高級椅子から腰を浮かすと、目の前のプレジデントデスクを左に回りこむようにして相手の接近をかわした。
オペラ界の天皇と謳われ、強大な権力を保持する68歳の米田が、これほどうろたえた表情を見せるのは珍しい。
しかもここは国立第二劇場の芸術監督室である。
オペラの殿堂として浜松町の地に新設されたこの施設内では、なんぴとたりとも米田に逆らうことは許されない。
東京音楽芸術大学の学長を長らく務め、世界的な指揮者としても知られる彼は、三顧の礼をもって芸術監督に迎え入れられた。ここでは米田の指示はいかなる時も絶対なのだ。
今、デスクを挟んで向かい合っているのは弱冠23歳の小娘だ。
100年に一人の逸材などと騒がれ、その可憐な美貌もあいまってマスコミに持てはやされ、多くの熱狂的ファンに支持されているが、米田から見ればただの新人歌手に過ぎない。
本来ならば、ぎろりとひと睨みしただけで押し潰せる相手だ。
なのに米田は、蒼白い顔で机の周囲をぐるぐると逃げ回っている。
理由は簡単。
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