ジャスミンが泳げば

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 片山さんと最初に話をしたのは、閉館後、ペンギン(とう)の前で一人ぼうっと突っ立っていたときだった。ペンギン島は屋外にあって、屋内のペンギンプールと繋がっている。ここからペンギンがプールに飛び込むと、館内からも水中で泳ぐ姿を見ることができる。  低い声で話しかけてきたのは片山さんの方だ。 「こんな時間に、何してるの? 売店の子だよね」  黒い長靴で床の水をびちゃびちゃさせながら、バケツを片手に持った片山さんは、裏手からひょっこりと顔を出す。  片山さんはペンギンの飼育員だった。 「……みやこしさんって読むのかな?」  胸についた「宮越」と書かれたネームバッジを見て私の名を呼ぶので、ちょっと後退りしてからうつむく。 「これ、さっき、返品されてきたんです。かっこいいのじゃないって。小さな男の子が」  左手に抱えていたペンギンのぬいぐるみを見やりながら答えると、 「かっこいいのって?」  片山さんは不思議そうに尋ねる。 「たぶん、イワトビペンギンのことかと、思うんですが」  夕方、売店にやって来たその男の子は、母親に引かれた手をブンブンと回しながら駄々をこねるようにレジの前で泣きじゃくっていた。  ――ペンギンのぬいぐるみがほしいって言ったじゃないの。  ――やだやだ。かっこよくないもん。頭が黄色く光ってるの、あれが絶対いいんだもん。
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