ポチ、夢を見る

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ポチ、夢を見る

 花畑に迷い込んだのか、とポチは目をしばたたかせました。彼の立つ人幅ほどの踏み固められた道の左右は、色も種類もとりどりの花が咲き乱れていたからです。桜の花びらを舞わせる風が、甘い香りとともに鼻面のひげを撫でます。 「もうし、どなたかいらっしゃいますか」  家人の誰かが近くにいるのでは? と、呼んでみました。ポチは家の庭に建てられた小屋で眠りについたはずなのに、気がつけば見たこともない野原に立っていたのです。ご主人様か奥様、お嬢様が彼をここに連れてきたのでしょうか。 「ポチよ。情けない声を立てるものではない」  一匹の雄犬が、一本道の上に忽然と姿を現しました。陽光を浴びて輝く白い毛皮から漂う、清々しくもほっこりした匂いがポチの鼻をくすぐります。懐かしさが胸にあふれ、気がつけば尻尾が左右に振れていました。 「以前どこかでお会いしたでしょうか」  ポチは礼儀正しく、彼よりもひとまわり体躯の大きい犬に尋ねました。 「吾は素牙真神(しらきばのまかみ)と申す者だ」 「しら、きば、の……かみ?」 「またの名を『ぽち』という」 「ぼくとおなじ名前だ!」 「お主、『花咲爺(はなさかじい)』は知っておるな。吾は、あの『ぽち』だ」  ポチは目を見開きました。自分の名前の由来となる昔話くらいは知っています。 「飼い犬が、『ここほれワンワン』と言うので、正直爺がそこを掘ったら宝物が出て、それを知った隣の強欲爺が真似をするけど失敗して……」  思わず言い淀んでしまいました。本人を目の前にして気軽く、「犬を打ち殺して捨ててしまったんですよね」などと、口の端に掛けることは出来ません。 「ええと、犬は死んだ後も正直爺を何かと手助けして、最後は枯れ木に花が咲いて、殿様にご褒美をもらうのですよね」  美しい毛並みを持つ「ぽち」は胸を張り、「そうである」と、吠えました。 「そんな立派な方が、ぼくに何か御用ですか」 「まず言っておかねばならぬ。吾は、お主の祖先だ」 「ぼくの親の親の親の……ずっと前の親犬って、ことですか」  伝説の犬は鷹揚に頷きます。ポチは首を捻りました。目の前の犬は汚れもくすみも、混色さえもない純白の毛皮を持っているのです。彼みたいな枯れた芝の色に、ところどころ黒の混じる薄汚い毛色を持つ雑種犬(ミックス)のご先祖様とは、とても思えないのでした。 「お主の内に眠っていた力が、目覚めようとしておる。それを告げに来た」 「ぼくに何か起きるのですか」 「吾と同じ力を持ち、吾と同じ運命(さだめ)に生きる、ということだ」  ポチは、あり得ない、と首を振りました。 「ぼくは血統書もない雑種ですよ」 「姿形や毛の色に、なんの意味がある。人間みたいなことを言うな」  ご先祖様は唸りました。 「自らを卑下する言葉なぞ、大の成犬(おとこ)が口にすべきではない」  口元にのぞく立派な牙を見て、ポチはうなだれます。 「明日、また来る」  伝説の犬・「ぽち」の声が朝日を呼んで、ポチは目を覚ましました。
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