誰がために

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 ご先祖様は胸を張り、尾をきりりと巻き上げました。 「吾はかつて、不条理に対して憤り、正義を成した」 「正直爺をお金持ちにして、意地悪爺を懲らしめたのですよね」 「隣の爺はもののついでだ。吾は正しく懸命に生きている者が貧しくて、低い身分に甘んじているという、間違った有り様をまっすぐにしただけだ」 「同じことではないのですか」 「結果が同じだからといって、目的も同じという訳ではないだろう。正義とは強者を打ち倒すことではなく、吾らの力は金儲けの為にあるのではない。無辜の弱者を救うためのものだ」  ポチは首を傾げました。 「もうすこし分かり易く教えてもらえませんか」 「お主は昼間、何をしようとした」 「何って……、ご主人様を止めようとしたのです」 「否、お主は『坊ちゃん』を助ける為、主人(あるじ)に歯向かったのだ」 「そんなばかな。ぼくは飼い犬です。ご主人様に楯突くことはありません」  ご先祖様は鼻をゆっくりと左右に振りました。 「最も強い者を主人と認め、忠誠を尽くすのは犬の本能である。だがポチよ、弱き者を守り助けることは、犬として何を措いても行うべきことだ。お主はけっして間違っていない。もっと自信を持て」 「でもさっき、ぼくが勘違いしていると」 「力の使い方が違うのだ。吾らの力は相手を腕っぷしで従わせたり、正論をもって論破したりするような、下品なものではない」 「お宝を探し当てる力ですか」 「裏の畑に、たまたま埋まっていただけだ。犬ならば誰でも嗅ぎ付けたであろう」 「じゃあ、枯れ木に花を咲かせる力!」 「花を咲かせたのは、吾ではない。花咲爺だ」  ポチが首を傾けると、ご先祖様は諦めたように鼻を左右に振りました。 「いずれにせよ、口で説いても意味はない。後はもう、行動あるのみだからな」 「意地悪を言わないで、教えてください」 「聞くが、お主は昼間、何をした」 「何って、坊ちゃんを逃すため、ご主人様に飛び掛かったのです」  ご先祖様は白い毛を逆立て、首から後ろを「ぶるっ」と、ひと揺すりしました。 「なぜ逃そうとした」 「ご主人様が、叩いたからです」  鼻から、「くうん」と音が漏れました。首輪のあたりがまた、(うず)いたのです。 「とにかくご主人様の目の届かないところに、坊ちゃんは居なくてはいけません。目に見えるところ、声の聞こえるところにいると、ご主人様はどうにも押さえが利かないようなのです」 「分かっているではないか。ならば何をすべきか見当もついているな」  ポチはうなだれました。 「旅に、出るしかありません。お互いに離れて暮らすのがいちばんでしょう。でも坊ちゃんはまだ、あまりに幼い。家を出るのはご主人様と……ぼくです」  首輪が彼の首を、下へ下へと引っ張ります。未だかつて、ご主人様の手で嵌められた(いましめ)がこれほど重く感じられたことはありませんでした。
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