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"十二月三十日
今日、私の願いは届きました。
私のしてきた選択は間違っていなかったんだって思いました。
でも、私のわがまままでは届きませんでした。
それでも楽しかったです。ありがとう。
さようなら、夢叶くん。みんな。"
消し跡に紛れた"絹乃"の文字を見つけるのに時間はかからなかった。それは心の中でそうであってほしいという願いが叶った瞬間だった。
携帯を手に取って、電話をかけた。この瞬間に僕は、考えるよりも先に行動していたという言葉の真意を実感していた。彼女が出るまでの三コールがやけに遠く感じた。
「もしもし、どうしたの?夢叶から電話なんて珍しいね。ていうか、初めてじゃない?」
「今すぐ、会えないかな。直接相談したいことがあるからさ。」
「それいうなら、もっと早く言ってよ。私、実家帰っちゃったよ。」
彼女の実家はここから電車で数時間の所にあった。時計をみると、今年もあと数時間と、来年への秒読みが始まっていた。
「おっけい。今から、向かうから二十三時半に秋の葉公園集合ね。」
電話越しから聞こえてくるあわあわとする絹乃に別れを告げると、僕は急いで車に乗り込んだ。
予定よりも十分ほど遅れて到着すると、すでに丘の上に絹乃がいるのが確認できた。僕が公園の入り口から入ってくる音に彼女は警戒する様にこちらをみたが僕だと分かると、小走りで向かってきた。
「遅すぎるよ。わたし、集合時間の十分前に来てたから、もう二十分も待ってるんだよ。今年も終わりだっていうのに。」
「ごめん、ごめん。これでもかなり頑張ってきたんだよ。」
頬を膨らませて怒っている素振りを見せていたと思ったら、急に真面目な顔に戻る彼女をみて、忙しい人だと思った。
「どうして、ここが私の実家だって分かったの?」
「前に、言ってた気がする。」
言ってないことに自信があるように驚く絹乃の表情をみて冗談であることを伝えた。そのことが気になるのか、問い詰めてくる絹乃に僕は双眼鏡を差し出した。
「ふたご座流星群みえるらしいよ。」
絹乃は、僕から双眼鏡を奪い取るように受け取ると、空に向けて覗き込んだ。レンズの蓋がついたまま空を見上げる絹乃を横目で気配を感じつつ同じように空を見上げた。
二人だけの静寂は、絹乃の頬を伝う雫によって切り裂かれた。
「うそつき」
そう呟いた一言が彼女が正常を保って発することのできる限界であることを僕は悟った。だから、僕は心の中で彼女の一言を反芻させながら彼女が落ち着くのを待った。
しばらく続くと思われた静寂は、続け様に切り裂かれた。
「なんも見えないじゃん。」
そう言った絹乃の声は震えて、泣き声に変わっていた。僕は、彼女から双眼鏡を取り上げるとレンズの蓋を取って手渡した。
「でも、これでも多分嘘つきって言われちゃうんじゃないかな。」
そう言った僕の言葉を無視して、彼女は双眼鏡を覗き込んだ。
「やっぱ、うそつきじゃん。何もみえないよ。」
「そんなに泣いてたら、見えるものも見えないよ。
まぁ、ふたご座流星群はもう終わっちゃってるからもう見えないとは思うんだけど。
だから、どっちにしてもうそつきになっちゃうね。
ごめん。」
頬を膨らせて怒る素振りを見せる絹乃に僕は少し調子づいた。
「でも、そのかわりにこれを持ってきたんだ。冬にこれやるなんて変なやつだな、やっぱり俺って。
もちろん、付き合ってくれるよね。」
コクンと素直に頷く様子の絹乃をみて、自分の記憶にはない過去の記憶をみたような気がした。
二つの線香花火が、ジリジリと冬空に弾けた。夏に比べて短命な冬の線香花火は、今までみたどんな花火よりも力強くみえた。その線香花火が今年を締めくくったとき、僕の中での心の整理がついた。
「あのさ、一つ絹乃に言っておきたいことがある。
日記を読んでも、僕には絹乃との過去の記憶が全くでてこないんだ。
でも、君と僕が一緒にいた思い出は君の中にはあるし、無駄なんかじゃないと思う。その思い出を僕は信じてるよ。」
「でも、それじゃあ結局私の青春は私だけのものでしかなかったってことになっちゃう。それが嫌なの。私だけが知ってて夢叶くんが知らない青春があったこと。」
「じゃあ、分かった。一つだけ約束してくれる?」
怪訝そうな顔をした絹乃はさっきと同じようにコクンと頷いた。
「もう一度、僕と一緒に青春してくれないかな。僕の中は空っぽなんだ。だから、一緒に青春してほしいんだ。」
「でも、私が日記にも書いてたと思うけど、青春病なの。次にやってもまた私だけ残っちゃうかもしれないのがこわい。」
「その時は何回でも何十回でも何百回でも。青春をやり直そうよ。青春に賞味期限はないからさ。」
「それって私にたくさん辛い思い出を抱えさせるってこと?」
なかなか首を縦には触れないくらい辛い思いをしてきたことがひしひしと伝わってきた。
「じゃあ、もう青春なんてやめちゃおう。
青い春は卒業しよっか。春が終われば夏がくる。
夏の色は何色かは分からないけど、、、」
彼女の迷いのない笑顔は、長かった春に終わりを告げているようだった。
「夏の色ってやっぱり青じゃない?」
新しい年に新しい季節を誓った二人の空は、広くどこまでも続いていた。
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