青い春に夏をみる

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高校生の時のように、本屋に通うようになったきっかけは、木南絹乃がいるからということに他ならなかった。絹乃は、店内で会うとあの柔らかな笑顔を向けながら、会釈をする。 ただ、絹乃に会いにきているだけだと思われたくなかった僕は、大抵の場合文庫のブースを見てまわった。 そんな生活を繰り返しているうちに、昔のように文庫への興味が再燃するようになっていった。本を読みながら一喜一憂して、現実の自分に重ね合わせたりした時代が僕にもあったことを思い返すようになった。 絹乃に会うための本屋通いは、気がつくと本屋のバイトへと変わっていた。バイトを始めてから、絹乃とも近くなりよく話すようになった。 僕を凌駕するほどの無類の本好きである絹乃は、全ての本を自分で書いていると思ってしまう程に詳しかった。絹乃の教育の甲斐もあり、バイト業務にも、本にも詳しくなってきていた。 そんな生活が三ヶ月程続いた時のことだった。 店長は、最終のシフトに入っていた僕と絹乃に掃除と店を閉めることを任せた。 「なんか、不思議な感じがする。専門書のコーナーが広がったみたいに錯覚しちゃうぐらい静かだから。」 「そうじゃなきゃ、逆に怖いんだけど。でも、一緒のシフトでよかった。私一人で店閉めの作業とか絶対やだもん。」 在庫ボックスをスライドさせている絹乃の声が足元の方から聞こえてくる。 「え、そうなの。絹乃ってさばさばしてるから、そういうので怖がらないと思ってた。まぁ、店長も女の子一人にそんなことをさせることはないでしょ。」 話しながら手を止める僕とは真逆で、同時進行でこなしていく絹乃の仕事ぶりに目を向けていると、突然彼女からが視線を僕の方へと向けた。何もしてないことを言われるのだろうと思い、不意に手に取った本に彼女は反応した。 「それ。その本。」 彼女に指されるままに向けた視線の先、自分の手元にあったのは、見覚えのない本のはずだった。本の名前も知らなければ、著者もしらない。 「この本って絹乃のおすすめなの?面白いんだったら、読んでみたいんだけど。」 絹乃は在庫確認をしていたボックスを元に戻して立ち上がると、僕からその本を取り上げた。突然の出来事に呆気に取られる僕に彼女の表情は戸惑いの色をみせた。 「どういうこと?全然意味が分からないんだけど。」 不意に取られて少しむきになった僕をみて、両手でその本を抱えた絹乃はその場にしゃがみこんだ。 「この本を見ても本当になにも?」 何かを試しているような彼女の言葉に、記憶の断片をかき集めようと必死に頭の中を駆け巡らせたがその答えは僕の中にはなかった。 首を横に振る僕に、呟いた彼女の声は涙声にかき消されて、聞き取ることが出来なかった。それでも、彼女は何度も何度も呟くように繰り返した。その声が聞こえた時、僕の前には彼女の頭があった。 自分でも驚くほどの大胆な行動で彼女を包んでいた。 嘘つき、嘘つきと何度も涙声で呟く彼女の標的が自分に向けられていようがいまいがそんなことはどうでも良かった。 「三年前の今日、ここに来ていたの覚えてる?」 彼女はそう言うと、両手に抱えていた本の最後のページを開いた。僕は、ハッとした。 「私は明日、この世界からいなくなります。十八年であなたに会えました」 日記仕様で書かれたその文字の日付は三年前の今日だった。 「これ、知ってる。ずっと僕の中にあった言葉だ。」 スマホのバイブ音が日付が変わるのを知らせた。 「ずっとって?」 「いつとかは分からないんだ。だけど、ずっと僕の中にいた言葉で。結局、僕の中で生まれた言葉で何かの勘違いだったって信じることにしたんだ。それが、ちょうど高校三年生の時だったから…ちょうど、三年前のことかな。」 絹乃は、戸惑うように笑って、嬉しいのか悲しいのか分からないような表情を浮かべた。 「じゃあ、ちゃんと届いてたんだね。それで会えたんだね。」 日記に向かってそう言った彼女の言葉は、明らかに僕に向けられた言葉ではないことが分かった。しかし、そこに僕がずっと探していた答えがあることに変わりはなかった。 「そのメッセージって絹乃、君自身が僕にあてたものだったの?どうなって僕のところにきたのかとか何がなんだか分からないけど。」 日記から視線を僕に移した絹乃は、嬉しいのか悲しいのか分からない曖昧な表情を浮かべながら口を開いた。 「夢叶くん、もしそうだって言ったら信じるの?」 初めて名前を呼ばれたことで、この話が現実味を帯びたことを感じた。頭の中で、ずっと探してた人が絹乃だったのかどうかを思い出そうとした。しかし、思い出せるはずもなく、どうしていいのか分からなかった。静寂が二人を包みこんでこの時間がもどかしかった。早く答えを言って欲しいと絹乃に願った。 「夢叶くんってやっぱり顔に感情出やすいタイプだね。今、信じられないって顔してるよ。実際、信じてもらっちゃ困るけどね。私じゃないから。」 静寂の魔法を自ら解いた絹乃を前に、ほっとした自分がいた。ありえない話にしか聞こえないが、仮にあのメッセージの主が絹乃だとしたら、どうしたのだろうと僕は考えた。どうして、三年前までの僕はその送り主を探そうと考えたのか、会えてたらなんて声をかけていたのだろうかと思った。 「でも、この送り主が夢叶くんにメッセージを届けたことは本当だと思うよ。それに、実際に会えたのも。それは私がその子から聞いたからね。でも、多分夢叶くんに話したとしても信じられないと思うな、きっと。普通じゃないもん。仲良かった私だって聞いた時信じられなかったもん。」 「信じる信じない以前に、僕は何も知らないよ。あの言葉が僕の中にずっとあったこと以外は。でも、それが僕にとって信じられない話だったとしても絹乃、君に話して欲しいんだ。少なくとも、その子は僕の人生を変えた。それにこのままだと、僕が捧げた青春は嘘になってしまうから。」 「夢叶君にとって、青春ってなんだと思う?」 「青春か。僕は、なりふり構わず進むことができてることかな。青春したいって言っててさ、実はその真っ只中にいるなんてことがあるんだよね。その時は気づけないものなのかもね。 逆に聞くけどさ、絹乃にとっての青春ってなんだと思う?」 僕の見解を聞いて少し考えていた絹乃は、自分に向けられた質問に困ったように微笑んだ。 「私は、誰かと共に過ごした時間を後になって一緒に共有できることを青春って呼ぶんじゃないかな。それは大きいことでも小さなことでも。」 絹乃は、ここぞとばかりに手にもっている偽物の文庫を僕に見せた。 「信じられないかもしれないけど、青春病っていう病気があるの。」 「青春病?」 聞き覚えのない病名をオウム返しした僕の反応を予想していたかのような顔をした絹乃は、小さく笑った。 「そう。青春病。君に助けを求めたこの子の病気。」 「どういう病気なの?」 「私も聞いた話だから、あんまりよく分からないんだけど。」 そう言うと、絹乃は青春病にかかった彼女について話始めた。
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