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青春病は、発症することが生まれつき分かっているものらしい。僕の考えていた青春とは違って、絹乃が言っていた青春に近い意味の青春なんだと絹乃が言った。
青春病は、人の記憶から自分と過ごした日々を忘れさせてしまう病気らしい。それも十八歳までに過ごした人の記憶から自分との記憶が消える病気。
それを止めるために知られている方法は、一つらしい。絹乃がもっていた文庫日記の彼女が、僕に向けたメッセージである。
青春病にかかった人は、生まれた時に無意識的にSOSを発信するらしい。それも同時期に生まれた人に発信される。SOSを送った主は、誰かに送ったことは記憶に残されている。誰に送ったまでは特定できないらしいが、その人に会えば気がつくことができるらしい。
一方、僕のようにメッセージを送られた人間は、記憶にはメッセージが残っているもののこれが何なのかということは分からない。
メッセージを送られた人間が、送った人を自覚できた時、その病気は完治するということを絹乃が話した瞬間、胸がキュとなるのを感じた。
「ていうことは、ぼくが彼女を?」
焦る僕に、彼女は首を横に振った。
「それはちがうよ。気がつく方が難しいから。むしろ、会えるっていうところまでいくこと自体が私からすればすごいと思うよ。それだけで彼女は嬉しかったと思う。」
僕の視界はぼやけて、薄かった記憶が濃く色付けされていくのを感じた。
三年前の十二月三〇日。
クリスマスが終わって、街は新しい年に向かって歩みを加速させる中、僕は一人のこの年に留まりたかった。十二月三〇日、二十一時の本屋は、いつにもなくまして静かで気持ちの整理にはちょうどよかった。
平積みにされた文庫本は、ほとんど全てに目を通しているものばかりで新しいものは一つもなかった。それでも、読んだ当時の自分の心境と本との思い出が蘇るこの場所が好きだった。
その内の一つに手を伸ばした僕は、その下に置かれた本が見慣れたその本とは違うものであることに気がつくことに時間はかからなかった。
先にとった本を手元に置いたまま、見慣れないその本に手を伸ばそうとした時、肩を叩かれた。
「ごめんなさい、それ、私のものなんです。」
戸惑う僕に、彼女はその本を開いてみせた。中には印刷された文字ではなく、手書きの文字が刻まれていた。
「こちらこそ、ごめんなさい。てっきり、僕の知らない小説だと思ってしまって。文庫本にそっくりだったので。」
彼女は子供のようにここ一番の笑顔を見せた。
「そう?そう思ってくれたの?なら、私がここに来た甲斐があったなぁ。あ、そうだ。もう行かなきゃ」
彼女は、喜んだかと思えば時間をふと確認すると、僕の来年を祈願して急いで帰っていった。忙しい人なんだろうと思った。
ふいに聞こえてきた僕を呼ぶ声と同時に、ぼやけていた視界がはっきりとした。前には、ハンカチを片手に持った絹乃がいた。
「僕は、あの時くれた彼女の助けに気がつけなかったんだ。覚えているよ、その子と会った日のこと。どうしてだろう、求めているものがすぐ側にいたのに、それに気が付けないなんて。悔しくて、申し訳なくて。」
今まで思い出すことができなかったことができなかった初めて見る記憶に僕は飲み込まれそうだった。
「ほら、そんな顔しないで。夢叶くんは悪くないよ。私、思ったんだけどさ、その出来事思い出せたわけでしょ?だからさ、まだチャンスは残ってるんじゃないかな。」
「絹乃。一つお願いがあるんだけど。」
なにかと聞く絹乃の笑顔が曇るのをみた。それでも、僕は続けた。
「それが、絹乃と彼女を繋いでた唯一のものだってことは僕にも分かってる。分かってる上で君に無理なお願いをしてる。でも、絶対に、君と彼女をもう一度繋いでみせるから。」
絹乃は、お得意の嬉しいのか悲しいのか微妙な表情を浮かべた。それから絹乃は、ゆっくりと古びた日記帳を僕に手渡した。
「これ、本当は渡したくないし、私の手元から離したくないんだけど。
でもさ、またきっと会えるよね。彼女と」
「会えるよ。僕が何とかする。地球の裏側にいてもとどこにいても僕が見つけ出す。約束。」
小指をだして指切りをしようとした僕に絹乃は親指を差し出した。
「この方が、願い事が叶いそう。小指だと心許なくて、すぐに切れちゃいそう。」
絹乃にとってもそれだけ大きな意味をもつことであることだと再度、認識した。その歪な指切りにしっくりきたことが嬉しかった。
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